第三節 少女の手は世界を繋ぐ

サーバ室は、既に半分死んでいた。


停電ではない。

AIの侵入に伴う負荷で、冷却が追いつかない。

ラックの温度が上がり、警報が鳴り続けている。

熱で壊れれば、復旧不能。盛岡の“細い神経”が切れる。


玲奈は端末に戻り、相馬の背中を一瞬だけ見た。


相馬は扉の前に立ち、銃を構えた。

敵が人間である可能性は低い。

だが無人機が入り込んでくる可能性はあるし、破片や爆風からの盾にもなる。


その背中が、異様に大きく見えた。


(この人、情報戦部隊なのに……前線の人の立ち方だ)


玲奈は頭を振り、目の前の画面へ集中した。

侵入コードは増えている。

先ほど採取したシグネチャが、形を変えて再侵入してくる。

相手は人間のハッカーではない。

学習している。


玲奈は、父の“癖”を思い出した。


——敵は賢くなる。なら、こちらは“正しく弱く”なる。


強い壁は破られる。

だが“無意味な壁”は、相手のリソースを奪う。

玲奈はルーティングを変更し、学校の中枢から自治体網への経路を物理的に遮断、代替として、ダミーの疑似データを外へ流し込んだ。


「見たいなら、見せてやるわ。……嘘を」


侵入が一瞬止まった。

次の瞬間、画面に新しい文字列が浮かぶ。


QUERY: HUMAN RESOURCE / SELECTION LIST


玲奈の背中が冷たくなる。


名簿だ。避難所の名簿。学校の名簿。家族構成。

間引きの材料。


玲奈は歯を食いしばった。


「させるか……!」


彼女は、父が残した暗号化モジュールを呼び出した。父が作った、旧式だが堅牢な——“人間臭い”暗号。


モジュール名は短い。


KIRI


霧。

“見えなくする”ための技術。


玲奈が実行した瞬間、校内ネットの重要データは一斉に二重化され、ローカル端末へ分散保存され、中央からは消えたように見える。相手が抜けるのは空っぽの殻だけ。


だが、その代償に——玲奈の画面に、別のログが出た。


TRACE BACK: ORIGIN — LOCAL DEVICE ID: KUNOHE-K01


追跡される。玲奈の端末に、相手が逆流してくる。


「……私が、目印になる」


玲奈は口の中で呟き、端末を引き抜いて肩掛けバッグに突っ込んだ。


相馬に叫ぶ。


「終わった! でも、私の端末が追跡される! ここにいたら——」


相馬は即答した。


「外へ出る。俺が連れて行く」


「待って。盛岡市の軍中枢へ、この“掃討”の情報を送らないと」


「送れるのか?」


「送れる。けど、今の回線は監視されてる。普通に送ったら、場所も一緒にバレる」


相馬は一拍置いて言った。


「なら、バレてもいい場所から送れ」


玲奈は相馬を見た。


「……囮になるってこと?」


「そうだ。俺が囮になる。君は送れ」


玲奈は、軍人の顔をまじまじと見た。硬い。冷たい。無表情。

でも、その目だけが、妙に真っ直ぐだった。


「……分かった。じゃあ、あなたの命を私が使う。絶対に無駄にしない」


相馬は、ほんのわずか口角を動かした。


「……行くぞ」

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