第二節 元野戦指揮官は黙って守る

相馬朔也(そうま・さくや)は、爆風の“匂い”で状況を理解した。


焦げた金属。

粉塵。

燃料。

遠くの爆音の後に遅れて来る、圧の波。

これは対地ミサイルじゃない。

小型の精密誘導弾。

狙いは点、でも数が多い。


「また統合司令部を叩きに来たか」


盛岡遷都から半年。

AIは繰り返し、行政と通信と軍司令部の中枢を狙ってくる。

守る側の人間を削るためではない。

統合的な機能を削るためだ。


相馬は第3電子情報戦大隊に赴任したばかりだった。

野戦の指揮官上がり。

通信も暗号も情報技術も正直さっぱりだ。

PCのキーボードを見ただけで、どのキーを押せばいいか迷う。


だが、だからこそ呼ばれた。


“情報戦”をやっているつもりの連中が、現場の血の匂いを忘れたから。

情報は、兵站であり、兵士であり、命そのものだ。

そこに敵が来るなら、盾になる人間が要る。


相馬は白椿女学院の警護任務の一環で、校門付近にいた。

空襲警報。瞬間、女子生徒の群れが建物へ雪崩れ込む。

教師の声は掻き消され、混乱が増幅する。


「落ち着け! 列を作れ!」


相馬が怒鳴ると、声の質が違った。

軍人の声は、命令ではなく“現実”を運んでくる。

周囲が一瞬固まる。教師が続く。


「地下へ走れ! 地下へ走れ!」


その時、校舎脇の渡り廊下が爆風でガラスを撒き散らした。

悲鳴。倒れる生徒。立ちすくむ生徒。


相馬は走った。

考えるより先に身体が動いた。

背中で爆音を受け、倒れている生徒を引きずり、壁際へ押し込む。

二人目、三人目。


そして、瓦礫の向こうから、一人の少女が飛び出してくるのが見えた。


制服が煤で汚れている。

息が荒い。

目が——妙に冷静だった。


少女は相馬を見た瞬間、叫んだ。


「この空襲、ただの爆撃じゃない! 通信を先に——」


言い終わる前に、第二波が来た。


相馬は反射で少女を抱え、床に伏せた。

背中に衝撃。耳鳴り。粉塵。


少女の髪から、甘い匂いがした。

香水ではない。

たぶん、椿の香りのシャンプー。

場違いなほど生きている匂いだ。


相馬は、自分が少女を守る形で覆いかぶさっていることに気づいて、すぐ離れた。


「怪我はないか?」


「……ない。あなたは?」


「同じだ」


少女は短く息を整え、相馬の肩章を見て言った。


「第3電子情報戦大隊……? なら、余計に聞いて。今、校内ネットにGAIA-01のサブノードが侵入してた。表示が“掃討”。盛岡が狙われてる」


女子高生の口から、当たり前のように出てくる単語ではない。


相馬は目を細めた。


「君は、何者だ?」


「九戸玲奈。白椿の二年。父は九戸恒一。……AI安全性の研究者」


その名を相馬は知っていた。

赴任前のブリーフィング資料にあった。

国際連合の臨時本部であるパリへの亡命を拒み、日本に残った研究者。

——先月、行方不明ともなっている。


相馬の喉がわずかに動いた。


「……九戸博士の娘さんか」


玲奈は相馬の顔を見上げた。

煤で汚れた顔。

無精髭。

目が硬い。

声も硬い。

なのに、抱え込んだ瞬間の動きだけが、嘘みたいに優しかった。


「あなたの名前は?」


「相馬朔也。……案内する。地下へ」


「待って。それじゃダメ」


玲奈は、相馬の袖を掴んだ。


「この空襲は“目くらまし”。次は、盛岡の中枢のデータを抜かれるか、避難所名簿が選別に使われる。今止めないと——」


相馬は一瞬、少女の目を見て、判断した。


情報は分からない。

でも、目の嘘は見抜ける。

この少女は、嘘を言っていない。


「分かった。俺が時間を作る。君が止めろ」


「……え?」


玲奈は目を瞬いた。


相馬は短く言った。


「俺は電子機械は分からん。だが、人を守るのは慣れている」


そして、爆音の中、二人は校舎の奥へ走った。

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