生き方が分からない

ムケゲコ

第1話

高校生くらいの頃からときどき希死念慮がある。なんで私は生きているんだろう、つらくても生きるしかなくて、どうしようもなかった。野暮ったくてイケてなくてノリが悪くて頭悪くて要領悪くて、それでも生きるしか無かった。

バイトしてる時に精神的に病んで、吐いたり動悸がしたり腕が痺れるようになった。絶対何かの病気、しかも精神系の病気だと思っていたが、我慢していた。こじらせた。本当に生きているのが嫌だった。働く動機も無かった。働ける体力と精神力も無かった。

町の文化クラブで、老人が主にやってる、陶芸教室に入った。とても楽しかった。ミニ盆栽用の鉢をいっぱい作った。そこのおっさんからは、ミニ盆栽なんて植物が可哀想、とか言われてしまったけど。コップも作った。下手くそなコップ。母が、もう十年ぐらい使ってくれている。

町のフリマで、作った陶芸作品を、百円とか三百円とかで売った。ときどき売れた。

実家は農家なので、両親と一緒に畑仕事した。人と関わらずに、自然と関わる作業は、気楽だった。気を使うストレスがなくて、やまずに済んだ。

しかし私は結婚してしまった。安定した生活が送れるからと思った。それはそうなんだけど、めちゃくちゃ気を使っていた。夫に怒られるのがストレスだった。夫の不機嫌をどうやり過ごすかがストレスだった。希死念慮がひどくなった。自分の存在の意味がわからなくなった。

それから具合悪くなって入院したり、夫と別れたりした。夫の愛を失うのが怖くてさみしくてたまらなかった。でももう関係が無理だとも思った。

精神的に安定してきて、アプリで新しい人と会ったりした。もうメンヘラになりたくなくて、あっさりした関係にしたかった。私に無性に会いたくなったと言ってくれる人がいて、嬉しいような、怖いような気がした。メンヘラの地獄に落ちるのが怖い。人を好きになるのが、本当に恐ろしいことだと思った。私はもう、そんな地獄には、いたくない。軽やかな、凪のような気持ちでいたいのだ。

なにか、私には、人と関わりたい気持ちはありつつも、おっかなびっくり、疑いながら関わるタイプのようだ。できれば安全な人と関わりたい…。

自分の人生が無駄に長いと感じていて、早く時間が過ぎないかな~と思う。邯鄲の夢のように、豆が煮える間に人生が終われば良いのにね。

生きるのがとてもめんどくさい。私には、人生の目的がない、リビドーがない。

スポーツに夢中な人の気持ちが分からない。スポーツ楽しい人は、人生幸せだと思う。スポーツをしている間、見ている間、時間があっという間に過ぎて、興奮して幸せなんだろう。

生き方がわからないとか考えてる暇無いんだろうな。私は昔の隠者みたいなものなんだろうか。そんな高尚なものではないか…。

学生の頃から抱えていたぼんやりとした思いは、40代になってもずっと変わらずあり続けている。もっと老人になってもあり続けるのだろうな。

それが私なんだろうな…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生き方が分からない ムケゲコ @mukegeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る