第19話
荒ぶる酒、照らす月
呼び出しは、唐突だった。
玄関を開けた瞬間、
そこはもう海辺だった。
夜。
波音。
焚き火。
そして――
大きな酒樽。
「おう! 来たか!」
豪快な笑い声と共に、
男がこちらを振り向いた。
背は高く、筋骨隆々。
髪は乱れ、目は獣のように鋭い。
だが、纏う気配は――
嵐の後の海。
「須佐之男命(すさのおのみこと)だ!」
「……自己紹介が早い」
俺が言うと、彼はがははと笑った。
「細けぇこたぁいい!」
「姉上に会ったんだろ? なら話は早ぇ!」
ドン、と酒盃を押し付けられる。
中身は、
酒というより災害だった。
「待て待て、これ何度――」
「神酒だ!」
「飲め!」
「断る選択肢は?」
「ねぇ!」
俺は、覚悟を決めて一口。
――喉が、燃えた。
だが、不思議と倒れない。
ノアが、静かに分析する。
「主の存在階梯が、
神酒の影響を相殺しています」
「フォローになってない」
須佐之男は、満足そうに頷いた。
「いい飲みっぷりだ!」
「やっぱり“書く奴”は違うな!」
「書く?」
「そうだ」
彼は、焚き火を見つめる。
「姉上は“守る神”だ」
「だが俺は、“壊す神”だ」
酒を煽る。
「壊さなきゃ、流れねぇもんがある」
俺は、黙って聞いた。
須佐之男は、
誰よりも自由で、
誰よりも厄介な神だ。
「お前の物語」
彼は、俺を見る。
「俺は好きだぜ」
「ちゃんと、危ねぇ」
「褒め言葉として受け取っていいか?」
「最高のな!」
その時だった。
焚き火の影が、
不自然に伸びた。
夜が、深くなる。
「……あら、楽しそう」
鈴の音のような声。
振り返ると、
そこに“月”が立っていた。
否――
月詠命(つくよみのみこと)。
白い肌。
長い黒髪。
中性的で、静かな美貌。
だが――
距離感が、近い。
「ちょ、近――」
「いいでしょう?」
俺の隣に、
当たり前のように腰を下ろす。
須佐之男が、にやりと笑う。
「来やがったな、月の野郎」
「相変わらず下品ですね、兄上」
月詠は、俺を見る。
その目は、
夜のように冷たく――
好奇心に満ちている。
「あなたが、書く人」
「……どうも」
「噂以上ね」
そう言って、
俺の盃を自然に取り上げ、
自分の唇をつける。
一口。
「……ふふ」
そのまま、
俺に返した。
「!? いや、今それ――」
「回し飲み、嫌い?」
須佐之男が、腹を抱えて笑う。
「はははは!」
「大胆すぎだろ、月!」
「神に慎みを求めるのは、野暮です」
月詠は、肩に触れるほど近づく。
声は、低く、静か。
「あなたの物語、夜の扱いが上手」
「闇を“恐怖”だけで描かない」
「……観察されてます?」
「ええ、かなり」
即答だった。
ミトラが、俺の肩でそわそわする。
ノアが、一歩前に出かけて、
俺の視線で制止される。
「安心して」
月詠は、くすりと笑う。
「奪いません」
「今日は、見に来ただけ」
「何を?」
「あなたが――」
月が、少しだけ欠ける。
「どこまで踏み込む人間か」
須佐之男が、酒樽を叩いた。
「難しい話はいい!」
「飲め! 語れ! それで十分だ!」
三人で、酒を酌み交わす。
神と、人間が、
焚き火を囲む。
世界が、
ほんの少しだけ柔らいだ夜。
月詠が、最後に囁いた。
「……ねえ、作家さん」
「はい」
「次は“月”を、どう書くつもり?」
俺は、少し考えてから答えた。
「逃げ場のある神として」
月詠は、満足そうに微笑んだ。
「期待してる」
夜は、まだ終わらない。
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