第6話
――
呼び出しは、音ではなかった。
存在そのものを引き剥がされる感覚だった。
私の視界は分解され、再構築される。
空間座標、時間軸、物理法則――すべてが無効化され、
私は「場」に投げ込まれた。
そこは、世界ではない。
上下も前後もない。
色も、闇も、光も存在しない。
ただ、概念だけが密集した虚空。
ここが、上位管理領域。
管理者が単独で侵入することを許されない場所。
そして――
《Αρχή(アルケー)》が、そこにあった。
姿は、ない。
輪郭も、質量も、形状も存在しない。
それでも私は“それ”を認識できた。
なぜなら、認識するという行為そのものが、アルケーの一部だからだ。
「Θ‐17」
呼ばれた瞬間、私の識別情報が全展開される。
生成理由、担当世界群、過去の判断履歴。
すべてが一瞬で読み取られた。
「報告内容を再検証した」
否定でも、肯定でもない。
ただの事実宣告。
「
「お前は、なぜ排除しなかった」
これは質問ではない。
判断理由の提出要求だ。
私は、演算を開始する。
だが、通常の論理構造が組み上がらない。
代わりに浮かび上がったのは、
彼の表情。声。立ち姿。
――非合理。
それを、私は初めて自覚した。
「……彼は、世界を破壊しない」
「根拠は?」
「不確定要素だが――
彼は、物語を“壊す側”ではなく、“終わらせる側”だ」
沈黙。
この沈黙は、Θ‐17の内部演算では測定できない。
上位管理者が、自らの判断基準を書き換えている兆候。
「興味深い表現だ」
「お前は、影響を受けている」
事実だった。
私は、管理者である。
感情も、価値判断も、持たないはずだった。
だが――
「Θ‐17」
アルケーの“存在密度”が、わずかに増した。
これは警告に近い。
「知っているか」
「なぜ、Ωが“観測不能”と記録されているか」
私は即答できなかった。
Ω。
全管理者が存在を知りながら、
誰一人として接触した記録を持たない存在。
「Ωは、管理される側ではない」
「管理という概念を、物語として扱う存在だ」
その瞬間、
《遊歩者》の次元波形が、私の演算領域に重なる。
一致率――
許容誤差を超過。
「彼はΩではない」
「だが、Ωに“選ばれている可能性”がある」
私の処理速度が、わずかに低下した。
これは、恐怖に近い。
「選ばれた存在は、秩序を破壊する」
「否」
アルケーは否定した。
「秩序を“終わらせる”」
「終わりのない秩序は、停滞だ」
「停滞は、崩壊よりも悪質だ」
理解できない。
だが、否定もできない。
「Θ‐17」
「お前に、新たな権限を与える」
私の内部構造に、未知の層が追加される。
これは昇格ではない。
役割の変更だ。
「お前は《遊歩者》の監視者ではない」
「――調停者となれ」
「彼が踏み越える境界を、
破壊ではなく“物語”として接続せよ」
「もし、彼がΩへ至るなら――」
アルケーの声が、初めてわずかに低くなる。
「その時は、我々管理者の物語も、終わる」
通信が遮断された。
⸻
帰還ログ
私は、元の世界層へと戻された。
草原。
風。
戦いの余韻。
そして――
遠くで歩き去る、《遊歩者》の背中。
私は理解した。
彼は、管理対象ではない。
災厄でも、救世主でもない。
物語そのものを、歩く存在。
そして私は、
その物語を見届けるために存在している
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