第5話

上位管理者への報告

私は、判断を保留し、上位管理者層へと照会を送信した。


管理者は単独で決定を下す権限を持たない。

最終判断は、常に上位次元管理機構に委ねられる。


通信は、時間という概念を介さない。


応答は即座だった。


《応答主体:上位管理者Αρχή(アルケー)


アルケー。

すべての管理者の「起点」。


その姿を、下位世界の存在が視認することは不可能だ。

なぜなら、形を持たないからである。


アルケーは空間ではなく、

法則そのものが自己意識を持った存在。


我々管理者は、アルケーの分岐思考。

末端に切り出された、実行端末に過ぎない。


「管理外存在を観測した」

「例外処理の可能性を検討せよ」


冷たい声。

だが、そこには感情がない。

それゆえに、恐ろしい。


「次元転移能力は、本来我々の権限領域だ」

「なぜ、下位存在が保持している?」


私は、事実のみを報告した。


――自覚的。

――制御可能。

――破壊衝動、未検出。

――物語構造への高い理解。


沈黙。


上位管理者の沈黙は、

無数の世界が一瞬、停止することと同義だ。


「……興味深い」


その一言で、

いくつかの滅びかけていた世界が、救済候補から外れた。


「その存在を、排除するな」

「観測を続行せよ」


私は、初めて疑問を抱いた。


「危険性は依然として高い」

「前例を作ることは、秩序を乱す」


「秩序は、固定されると腐敗する」


アルケーは、そう断じた。


「変数を許容しろ、Θ‐17」

「あれは災厄にも、鍵にもなり得る」


通信が遮断される。



記録外事項

私は、草原に立つ彼の背を思い出していた。


管理者に背を向けるという行為。

それは、本来許されない。


だが――


彼は恐れていなかった。

同時に、慢心もしていなかった。


その矛盾した在り方が、

私の内部に、再び誤差を生んだ。


「……物語は、世界を救い、滅ぼす」


私は、彼に告げた言葉を反芻する。


もしかすると。


いや、これは記録には残せない仮定だが――


彼は、管理者ですら観測できない“結末”を、知る存在なのかもしれない。



追記:機密指定

上位管理者層には、さらに上位が存在する。


アルケーすら「起点」と呼ばれるに過ぎない。


その存在名は、記録上こう表記されている。


《Ω:観測不能》


全管理者の監視対象外。

すべての物語の、外側。


そして――

《遊歩者》の次元波形は、

このΩと、酷似している。

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