第3話
管理者と遊歩者
光が、止まった。
それは俺が次元転移を発動させたからではない。
むしろ逆だ。――何もせずに、そこに立ったからだ。
白銀の存在は、空中で静止していた。
光の翼がわずかに揺れ、その輪郭が不安定になる。
「……?」
管理者の声に、初めて揺らぎが混じった。
「回避行動を取らない理由を提示せよ」
「抵抗、逃走、いずれも可能なはずだ」
俺は両手を上げた。
武器を持たないことを示す、古典的な仕草。
「敵対するつもりはない」
声は、自分で思っていたよりも落ち着いていた。
「確かに俺は“管理外”かもしれない。
でも、破壊しに来たわけじゃない」
白銀の存在――次元管理者は、俺を見下ろしている。
その視線には、感情というものがほとんどなかった。
あるのは、秩序と規則、そして排除すべき例外を見る目。
「次元転移能力は、世界安定性を著しく損なう」
「存在そのものが、危険因子だ」
「分かる」
俺は、うなずいた。
「俺があんたの立場でも、同じ判断をすると思う」
その言葉に、管理者の動きが止まる。
わずかだが、確実な変化だった。
「でもな」
俺は続ける。
「秩序ってのは、“知らないものを消す”ことじゃない。
理解して、扱えるようにすることだろ?」
空気が張り詰める。
管理者の周囲に浮かんでいた光の紋章が、ゆっくりと回転を緩めていく。
まるで演算処理が増えたかのように。
「……言語的説得を試みているのか」
「感情による交渉は、非効率だ」
「そうかもな」
俺は苦笑した。
「でも俺は、感情で動く生き物だ。
それに――」
一歩、前に出る。
「俺は作家だ」
管理者が、初めて首を傾げた。
「……職業分類が不明」
「物語を観測して、記録して、伝える存在だよ」
俺は、この世界を見渡した。
戦場の向こうで、人間たちが必死に剣を振るっている。
勝ちも負けも、希望も絶望も、すべてが渦巻いている。
「俺は、世界を壊したいんじゃない。
世界を“知りたい”だけだ」
沈黙。
長い沈黙のあと、管理者はゆっくりと地上へ降り立った。
その足が草を踏みしめる音は、驚くほど人間的だった。
「……観測者、という概念は存在する」
「だが、お前は干渉能力を持つ」
「だからこそ、約束ができる」
俺は即座に答えた。
「無差別な介入はしない。
世界の存続を脅かす行為は避ける。
必要なら、管理者側の警告にも従う」
管理者の瞳――いや、レンズのような発光器官が、強く明滅する。
「信頼に足る根拠が不足している」
「だったら、監視すればいい」
俺は、はっきりと言った。
「俺を“例外”として消すんじゃなく、
前例にすればいい」
その瞬間、空が震えた。
次元そのものが共鳴し、見えない層で何かが書き換えられていく感覚。
管理者は、しばらく黙り込んだまま、動かなかった。
やがて――
「提案を受理する」
低く、しかし確かな声。
「個体識別名:遊歩者」
「分類を変更。
――管理対象協力存在、暫定登録」
胸の奥が、静かに熱くなる。
「和解、成立ってことでいいか?」
「完全ではない」
「だが、即時排除の必要性は消失した」
管理者は、光の翼をゆっくりと畳んだ。
「警告する」
「お前の行動次第では、全管理者が敵となる」
「肝に銘じておくよ」
そう答えた俺に、管理者は一言だけ告げた。
「――世界を渡る者よ」
「物語は、時に世界を救い、時に滅ぼす」
そして、光は収束し、管理者の姿は次元の彼方へと溶けていった。
草原に残されたのは、風と、戦場の音、そして――
俺ひとり。
「……やれやれ」
空を見上げる。
どうやら俺は、
世界を渡る厄介者から、
世界を渡る観測者兼協力者へと昇格したらしい。
だが、分かっている。
これは終わりじゃない。
むしろ――物語が本格的に動き出した合図だ。
俺は踵を返し、次の世界を思い描いた。
次はどんな物語が、俺を待っているのか。
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