第2話

世界をまたぐ男

目を覚ましたとき、草の匂いがした。


湿り気を帯びた風が頬を撫で、聞き慣れない鳥の鳴き声が空を満たしている。

空は青い。だが、地球のそれとは微妙に違う。色が濃すぎるのだ。


「……夢、じゃないな」


起き上がった拍子に、手のひらで土を掴む。

感触は生々しく、爪の間に入り込む砂粒までが現実を主張していた。


混乱より先に、奇妙な静けさがあった。

二十代半ば。男。職業は小説家。

突拍子もない状況に放り込まれているはずなのに、どこか冷静だった。


その理由は、すぐに分かった。


視界の奥――思考と視覚の境界線に、言葉が浮かび上がった。



《固有権限:次元転移》

《状態:覚醒》



説明はなかった。

だが、理解は流れ込んできた。


俺は、世界を移動できる。

距離ではない。空間でもない。

世界そのものを、踏み越えることができる。


「……なるほど」


言葉にした瞬間、その能力が確信へと変わる。

使い方は直感的だった。行きたい世界を“知覚”し、意識を合わせるだけ。


試す価値はある。


俺は目を閉じ、ほんの数時間前まで立っていた日本の路地を思い浮かべた。

自販機の音。アスファルトの冷たさ。蛍光灯の白。


世界が、畳まれる。


折り紙を折るように、空間が重なり合い、次の瞬間――


俺は、元の路地裏に立っていた。


「……はは」


笑いが漏れた。

恐怖よりも先に、確信があった。


これは夢でも錯覚でもない。

俺は、世界を行き来できる存在になった。


再び異世界へ戻るのに、時間はかからなかった。

同じ草原。紫がかった空。

今度は落ち着いて、周囲を観察する余裕がある。


遠くで、爆発音がした。


地鳴りのような振動。

続いて、剣戟の金属音と、何かが砕ける轟音。


「……戦争、か?」


好奇心と警戒心が、同時に胸を叩く。

作家としての本能が囁いていた。


――見に行け。

――この世界を、知れ。


慎重に丘を越えた先で、俺は“それ”を見た。


数十人規模の武装集団。

魔法と剣が入り乱れ、空間を歪ませるほどの戦闘が繰り広げられている。


その中心にいたのは、明らかに異質な存在だった。


白銀の装甲。

背中から伸びる、光の翼。

人間の形をしていながら、人間ではない圧力。


そして、その存在が――こちらを見た。


「……見つかったか」


次の瞬間、世界が軋む。


空が割れ、光が走り、圧倒的な威圧が俺を押し潰そうとした。


「次元干渉者を確認」

「管理外存在。排除を開始する」


逃げるべきだ。

そう判断するのに、理由はいらなかった。


だが同時に、俺は理解していた。


――逃げられる。

――だが、逃げ続ければ、いずれ追いつかれる。


俺は、静かに息を吸う。


「……なら」


視線を上げ、迫り来る光を真正面から見据えた。


「一度くらい、やってみるか」


世界が、再び裏返った。

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