第3話 運命の書き換え、そして
アパートを取り囲むドローンの群れが、紅いサーチライトで部屋を舐めるように照らし出す。
意識の混濁したミーナを背負い、レンは愛銃を握り直した。
「……ミーナ、聞こえるか。お前の言う『死のルート』ってやつは、まだ続いているのか?」
背中から、か細い声が返る。
「……ええ。本来なら、あと十分後に……あなたはこの部屋に突入してきた特殊部隊に、蜂の巣にされる。……でも、大丈夫。屋上に逃げて。そこに、組織のメインサーバーに直結する中継アンテナがあるわ」
それが、ミーナが導き出した唯一の逆転策だった。
レンは窓を蹴破り、ワイヤー射出機を駆使して屋上へと跳んだ。背後で爆音と共に、先ほどまでいた部屋が炎に包まれる。
「あそこにある端子に、私の……このデバイスを差し込んで」
彼女が差し出したのは、彼女自身の脊髄に埋め込まれていた、未来の演算チップだった。それを接続すれば、彼女の持つ「未来の全記録」が組織のシステムを逆流し、全てのデータを破壊する。だがそれは、彼女の精神がこの時代に留まるための楔(くさび)を失うことも意味していた。
「それをやれば、お前はどうなる」
「……パパは、本当に心配性ね」
ミーナは弱々しく笑い、レンの首に腕を回した。
「早く。……来るわよ」
屋上の扉が吹き飛び、黒衣の執行部隊がなだれ込んでくる。
レンはミーナを遮蔽物の陰に置き、銃火の嵐の中に身を投じた。未来の彼女が教えてくれた敵の癖、死角、リロードのタイミング。そのすべてを脳に焼き付け、踊るように弾丸を捌いていく。
「……これで、終わりだ!」
レンは最後の一人を仕留めると、剥き出しの端子にチップを叩き込んだ。
直後、街中のモニターがノイズに染まり、追手のドローンが次々と墜落していく。組織の全拠点のデータが、未来のウイルスによって上書きされ、消滅していく。
静寂が訪れた。
雨はいつの間にか止み、雲の切れ間から白んだ空が見え始めていた。
「……終わったぞ、ミーナ」
レンが振り返ると、そこには力なく座り込む少女の姿があった。
彼女の体から、淡い光の粒子が立ち昇っている。精神転送の負荷が限界を超え、彼女の意識がこの時間軸から剥がれようとしていた。
「パパ……。運命、変わったみたいね」
「ああ。お前のおかげだ」
「よかった……。これであなたは、長生きして、美味しいコーヒーを淹れて……そして、いつか大人になった私と、出会ってくれる?」
レンは膝をつき、消えゆく小さな手を力強く握りしめた。
「ああ、約束する。……だが、一つ訂正させてくれ」
「え……?」
「俺は、お前を娘(ガキ)として育てた覚えはないぞ。……俺の『嫁』を名乗るなら、勝手に消えるな」
ミーナの瞳が大きく見開かれ、そして溢れんばかりの涙がこぼれた。
「……生意気ね、パパのくせに」
光が弾け、レンの腕から重みが消えた。
そこには、彼女が着ていたボロボロのワンピースだけが残されていた。
数年後。
裏社会から完全に姿を消したレンは、街の片隅で小さな喫茶店を営んでいた。
こだわりの豆を挽き、静かな時間を過ごす日々。
カラン、と店のドアベルが鳴る。
「いらっしゃい」
顔を上げたレンの視線の先に、一人の少女が立っていた。
銀色の髪をなびかせ、少しだけ背の伸びた少女。彼女は店内に漂う香りに目を細め、懐かしそうに微笑む。
「……いい匂い。ねえ、店主さん。ここのお勧めは、ブラジル産の深煎りかしら?」
レンは、かつての相棒が愛用していた古い銃を磨く手を止め、ゆっくりと口角を上げた。
「ああ、そうだ。……よく来たな、ミーナ」
二人の本当の物語は、ここから始まる。
世界一の暗殺者、未来から来た「嫁(5歳)」に懐かれる 〜死にたくなければ、パパになって足を洗え〜 サボテンマン @sabotenman
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