高良さんと永江



上司が自販機の前で項垂れている。


「高良さん?」


「……ああ、永江か」


「どうしたんですか、こんなとこで」




高良さんは自販機の前のソファに座り、背中を折り曲げて床を見つめている。

私が近づくと、高良さんは眉を下げてこちらを見た。明らかに覇気がない。



「永江……」


「はい」


「ブラック飲める?」


「はい?」




ずい、と差し出されたのは真っ黒なパッケージの缶コーヒー。それを見て私はすべてを察した。




「高良さんブラック飲めないですもんね……」


「間違えて買っちゃった……」


「買っちゃったんですか……」



缶コーヒーはありがたく受け取った。





高良さんは私の直属の上司だ。新卒で入社してから3年目、ずっとこの人の下で働いている。


高良さんは高身長に高学歴、33歳で係長、そしてイケメンというハイスペックの持ち主で、もちろん仕事もできる。部下からも高良さんのさらに上の上司からも絶大な信頼を集めている。





「高良さん、つぎのプレゼンの相談聞いてほしいんですけどいいですか?」


「おう、13時からでいいか?第一会議室借りといて」


「高良さん、A社からこの前の件の確認のメール来てます!返信しちゃって大丈夫ですか?」


「おう、頼むわ。cc入れて田中さんにも送っといて」


「高良さんすみません先方とのトラブルが、」


「落ち着け。まずは状況把握したいから何があったか簡潔に教えてくれ」





今日も高良さんは忙しそうだ。私が自分の仕事に手一杯の間に、何人もの部下に頼られ、指示を出している。目まぐるしく変わる高良さんの周囲に私はいつも追いつけない。




「永江」



不意に声をかけられる。忙しそうにしていたはずの高良さんが私の背後にいた。瞬間移動?



「はい」


「例の件どうだ?」


「進捗7割です」


「今日中いける?」


「いけます」


「よし、任せた。でも無理はするなよ」




高良さんはそう言ってニコっと微笑んだ。数多の女性社員を無自覚に落としてきた魔性の笑みだ。三年目の付き合いの私はさすがに耐性がついたので、「はい」と冷静に頷ける。



とてもブラックコーヒーを間違えて買って項垂れていた人とは思えない。このしごでき感でブラック飲めないなんてことがあっていいのだろうか……。



いけない、集中しよう。私がミスすると高良さんの評価にも響くのだ。自分の仕事はきっちり終わらせないと。









なんとかギリギリ間に合った。上書き保存を5回くらい押して、デスクに額をつける。ずっとパソコンに向き合っていたので頭がショートしている。



もうフロアには誰もいない。こういう時に限ってみんな定時で帰るのだ。1人のフロアは心細い。そんな新卒みたいなこと言ってられないけれど。




ため息を吐いて、休み時間に高良さんからもらった缶コーヒーに指をかける。もらったばかりの頃は熱々だったそれはすっかり冷めきっていた。



家に帰って温めて飲めばよかったかなあなんて思っていると、背後の扉が開いて私の肩は跳ね上がった。



「永江」


「え、高良さん!?」




数時間前に帰ったと思われる高良さんだった。なんでここに?



……まさか、私が残ってたから心配して?そんな乙女みたいな淡い期待は一瞬で打ち砕かれた。 





「いや、家の鍵忘れてさ」


「…………」



高良さんは笑いながら自分のデスクに向かった。なぜか引き出しの中に入っていたらしく、「お、あったあった」と回収している。



勘違いをした自分を恥じていると、高良さんはコトンと私のデスクにそれを置いた。




「え、高良さん、これ……」


「まだ熱々だぞ」


「………ココア?」




昼にもらったものとは正反対と言ってもいいそれに、私は目を見開いた。なんで高良さんがこれを、私に?




「頑張ったご褒美」


「……え」


「たまに飲んでるだろ?プレゼンうまくいった日とかさ」


「………………」




私は再び額をデスクにくっつけた。ガン!と大きな音がする。




「な、永江?」


「高良さん……ずるいです……」


「何が!?」




高良さんは本当に困惑しているみたいだった。ブラックコーヒー間違えて買っちゃうし家の鍵は忘れるし、たまにポンコツなのに仕事ができて部下思い。このひとがずるくなくてなにがずるいというのだろう?

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第一話を書いたはいいけど続きが思いつかなくて封印するしかなくなった短編集 北葉 @kitababba

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