第5話
「諸君らが『転生』という魔法の言葉によって、最も軽薄に、最も無作法に扱い、その尊厳を汚辱し続けてきた概念……『死』について語らねばならない。
トラックに撥ねられる。過労で倒れる。あるいは、不慮の事故に巻き込まれる。諸君らが耽溺する物語において、死はもはや、生命の終焉を意味する荘厳な一撃ではない。それは、新しいゲームを始めるための『リセットボタン』であり、次のステージへ進むための『ロード画面』に過ぎない。
なんと、なんと浅ましく、なんと生命を冒涜した死の捉え方か!
死とは、人間がこの地上で積み上げてきたすべての言葉、すべての肉体、すべての愛憎を、一瞬にして永遠の沈黙へと封じ込める、絶対的で不可逆な『完成』であったはずだ。死があるからこそ、我々の一分一秒は、宇宙に二度と繰り返されぬ宝石のような輝きを持つ。死が背後に控えているからこそ、我々は自分の言葉に責任を持ち、自分の肉体を研ぎ澄まし、他者の瞳を死ぬ気で覗き込むことができるのだ。
死とは、生の完成であり、人生という名の唯一無二の芸術作品に、最後の一筆を加える神聖な行為なのだ!
しかし、諸君はどうだ。
死の『重み』に耐えられなかった。死によって自分のすべてが消え去るという、あの根源的な恐怖から逃れるために、死を『コンビニの入店音』程度にまで軽量化したのだ。
転生すればいい。やり直せばいい。あちらの世界では、もっといい自分が待っている。
そのようにして死を安売りした瞬間、諸君らが今、この現実で生きている『生』もまた、同時に安売りされたのだ。死がリセット可能であるならば、今流している汗に、今感じている苦痛に、一体何の価値がある。どうせやり直せるのなら、今この瞬間に全力を尽くす必要など、どこにもないではないか。
死を無効化することで、自らの生を『無意味な余白』へと変質させたのだ。かつては死を常に懐に抱いて生きていた。死が隣に座っているからこそ、言葉は鋼のように鋭く、行動は一切の迷いなく、洗練の極致に達した。死を賭して生きる。その緊張感の中にこそ、人間の尊厳という名の真の美が宿る。
だが、諸君らの『転生』には、その緊張感がない。
そこにあるのは、死という名の出口を塞ぎ、自分に都合のいい『続き』を延々と要求し続ける、醜悪なまでの生への執着……いや、執着ですらない。それは、自分という存在が消えることへの、ただの幼児的な拒絶だ。
『やり直し』。
ああ、なんと卑怯で、なんと生命の尊厳を泥靴で踏みにじる言葉か!
諸君らが転生という名のシステムに求めているのは、新たな冒険などではない。この現実において積み重ねてきた『取り消せない失敗』、その重圧から逃げ出したいという、ただそれだけの、あまりに卑小な欲望だ。
人生において、最も残酷で、かつ最も美しい真理とは何か。それは、『一度起きてしまったことは、二度と消し去ることができない』という、あの冷徹な不可逆性である。
放ってしまった言葉。
裏切ってしまった友。
傷つけてしまった恋人の心。
そして、何もしないまま過ぎ去ってしまった、あの黄金のような時間。
これらはすべて、諸君らの魂に刻まれた消えない傷跡だ。だが、いいか。その『取り消せなさ』こそが、人間に唯一の『重み』を与えるのだ。傷跡があるからこそ、我々は自分の過ちを悔い、二度と同じ過ちを繰り返すまいと己を律し、震える手で明日を掴み取ろうとする。
取り消せないからこそ、一瞬は神聖なのだ。やり直せないからこそ、決断は崇高なのだ。
しかし、諸君らはその人生の『重み』を耐えがたい重荷だと感じ、自分の全歴史を消去しようとしている。異世界へ行けば、これまでの失敗はなかったことになる。新しい身体、新しい名前、新しい世界。そこには、過去の君たちを知る者は誰もいない。
笑わせるな! 過去を消し去った君たちに、一体何の価値がある。
自分という存在は、諸君がこれまでに経験したすべての屈辱、すべての敗北、すべての『取り消せない記憶』の集積体ではないか。それを捨て去るということは、自らの魂の芯を抜き取り、空っぽの抜け殻になることと同義だ。
『やり直し』を望む者は、自分自身の存在を否定しているのだ。
転生とは、何か。
世界をリセットし、身体をリセットし、人間関係をリセットすることだ。
それを『冒険の始まり』と呼び、あるいは『新たな可能性』と称揚する。だが、私は断言する。それは、人間が人間に課せられた唯一の義務……すなわち『責任』という名の重力からの、史上最も卑怯な、史上最も徹底した『逃走』の別名である!
親に対する責任、友に対する責任、社会に対する責任、そして何より、自分という名の『出来損ない』を最後まで飼いならし、完成させるという、自分自身に対する責任だ。
これらは、重い。これらは、苦しい。これらは、諸君らの繊細で、傷つきやすい自尊心を、容赦なく圧迫し続ける。だから、庶民らはそのすべてを『リセット』したいと願った。
諸君らが異世界で手に入れた新しい身体は、かつてこの地上で汗をかき、泥を啜り、老いていくはずだった貴様の肉体とは、何の関係もない。貴様らがそこで築く新しい人間関係は、この現実で貴様を見放した、あるいは貴様が見放した人々に対する、何の贖罪にもなっていない。
世界を変えることは、諸君が変わることではない。
ただ、自分という名の『無能』を、都合のいい別の設定の中に隠蔽しただけに過ぎないのだ。
笑わせるな! 責任を捨てた人間に、一体何の自由がある。
しがらみを断ち切った魂に、一体何の重みがある。自由とは、自らが引き受けた責任の重さを、自らの翼に変えて羽ばたく高貴な行為だ。
諸君は、リセットという名の幻想を抱くことで、自らがこの宇宙に刻んできた『存在の連続性』を、自らの手で切断したのだ。
人生に、二度目など存在しない。この、不自由で、理不尽で、残酷で、たった数十年で灰に帰す、この救いようのない『一度きり』。これこそが、我々が持っている唯一の、そして絶対的な財産なのだ。
諸君らは、その唯一の財産を『ハズレ』だと言い放ち、異世界という名の偽造貨幣に交換しようとした。だが、その偽札で、一体誰の心が買える。その偽札で、一体どんな歴史が築ける。
転生したいと願うことは、今この瞬間を、死んでいるも同然の状態に置くことだ。
やり直したいと願うことは、これまでの自分の歩みを、すべてゴミ屑だと認めることだ。
なぜ、その自分の『一度きりの人生』を、これほどまでに憎む。なぜ、その汚辱にまみれ、傷だらけになり、それでもなお鼓動を止めない、自分の肉体を愛そうとしない。
いいか。諸君。君たちが『責任』だと呼び、忌み嫌っているものは、実はこの宇宙で最も尊い『君という存在の重り』なのだ。
重りがあるからこそ、君たちは風に飛ばされずに済む。重りがあるからこそ、君たちの足跡は、この大地に深く刻まれる。責任を捨て、リセットを繰り返す魂には、もはや輪郭すら残らない。
私は、諸君らを救うつもりなど毛頭ない。
ただ、諸君らが捨て去ろうとしている、その『現実』という名の地獄へ、力ずくで引き戻す。
ここには、チート能力はない。
ここには、無条件に君を愛でるヒロインもいない。
ここには、一度の死でリセットされるボタンも、都合のいい設定も、何一つ存在しない。
あるのは、ただ、自分の足で一歩を踏み出すたびに生じる痛みと、他者の冷たい視線と、そして、明日にはもういないかもしれないという、死の予感だけだ。」
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