異世界を救ったその後に、結婚したハーレムメンバーと神域に引きこもってひたすらゲームするだけの日々

奏月脩/Shuu Souzuki

プロローグ これからも永遠を共に





 ――――あの日、突然の事故で死んでしまった俺は、生まれ変わって異世界を救う勇者となった。



 そんなありふれた異世界転生のはじまりから、冒険譚の終幕まで。



 俺は、異世界の学園で知り合った最高の仲間達とパーティを組み、とうとう諸悪の根源たる魔王を討ち倒すにまで至った。


 これはその全てが終わり、それでもなお、永遠に続いていく俺達の日常の物語である。




― ― ― ―




 魔王討伐から半年、俺は一つの決意を胸に、一人のエルフ耳の女性と共に王城の一角にある温室の中へと足を踏み入れていた。



「ここは変わらず、綺麗なところだな……」


 小さく零れ落ちた感嘆の声が、生温かな空気の中へと消える。


 一羽の蝶が、ひらりひらりと紫色の鱗粉を優雅に散らしながら、眼前で美しく舞った。


 少しだけ目で追ってみると、蝶はやがて白く可愛らしい一輪の鈴蘭の花にそっと止まり、その羽を静かに休めている。


 それはまるで、帰りを待ってくれていた愛する人に、そっと口づけを交わしたかのような光景にも思えて。


 なんだか、不思議とそんな他愛ないはずの光景にすら、勇気付けられてしまった自分がいた。


「そうね、ここは夜になると特に幻想的だもの」


 少し遅れて、隣から聞こえてくる。俺の呟きに同調する鈴の鳴るような女性の声。


「私のお気に入り。それが見られなくなるというのは、少し惜しいわね……」


 続く呟きは、小さくもはっきりと耳に残り、俺もまた感傷に浸る。


 今はただ、言葉少なに続く静かな時の流れだけが、俺達の間に確かに存在していた。




 空一面をガラス張りの天井に覆われ、そこから差し込む幻想的な月の光に、その下に照らされるたくさんの花々が咲き乱れる夜の温室。


 そんな落ち着いた雰囲気の温室の中を、俺は一人の美しい女性とガーデンライトの埋め込まれた大理石の床の上、並んで歩いていた。


 こつこつと、お互いの靴が大理石の床を心地よく鳴らして、中心の噴水に近づいていけばいくほどに、呼吸と共に香ってくる花々の爽やかな甘い香りに、聞こえてくるそよそよと流れる澄んだ水のせせらぎ。


 そのどれもが俺と彼女の心を優しく包み込むようにして、どこか郷愁にも近い穏やかな感慨を抱かせてくれた。


「……ねえ、今だけ、貴方と腕を組んでもいいかしら?」


 僅かに頬を赤らめ、どこか熱を孕んだ瞳で彼女が俺の顔をじっと見つめてくる。


「ああ、勿論だ。今日は寒いからな、その方がきっと温かい」


 少し名残惜しくはあるものの、俺は彼女とつながれていた手をそっと離し、そのまま自身の右腕を彼女に差し出す。


 ぎゅっと、愛おしい女に腕を抱きしめられる甘美な感触に浸るのも束の間の事、俺の顔を見上げて心底嬉しそうに笑ってくれる彼女の微笑みに、どうしようもないくらい胸が強く締め付けられた。


「ふふっ、嬉しいわ。それに、とても温かい。私、これがとても好きよ。普段は恥ずかしくて中々できないけれど、こういう二人きりの時だけは、なんだか無性に貴方に甘えたくなるの。それくらい、私は貴方のことが好きで、特別に思ってるんだと思うわ」


 そう微笑む彼女に、俺もまた自然と笑みを返す。


「嬉しいよ。俺だって、キミにもっとたくさん甘えてきて欲しい。おねだりしてくる時の君は、普段とのギャップも相まって本当に可愛らしいからな」


「もう……そういうことは、言わないでおくのが粋ってものでしょう?」


「悪いな。好きな女の抜けたところってのは、どうしようもなく男心をくすぐるものなんだ」


 冗談めかしたやり取りに、緊張していた心が少しだけ弛緩する。


 本当に、彼女との時間はどうしてこうも温かく幸せなんだろうか?


 これもすべて俺が彼女を愛しているからこそ湧き上がってくる幸福感なのか。


 いや、それもきっとあるのだろうが、それと同じくらい、彼女が俺のことを愛してくれていると実感できる瞬間が幸せで仕方がない。


 ――――そうだ。俺にとってはこの右腕に感じる心地の良い重みに、柔らかさに、彼女の体温や香り、彼女を通して伝わってくるそのすべてがどれも特別で、大切なんだ。


 俺は、彼女への自分の想いを強く再確認する。


 さあ、いよいよ本題の話を彼女に切り出す時だ。俺はなるべく自然な様相を装って彼女に話しかける。


「あ、あの!っさ…」


 そしてそれは、極めて不自然に裏返った声で出た言葉だった。



 ――――うわぁ……最悪だ。久しぶりに自分でもびっくりするくらい滅茶苦茶情けない声が出た。もう嫌だ、死にたい……。



「ふふっ、なぁに?どうしたの?」



 ――――ほら、彼女めっちゃ笑ってるし、まあ可愛いからいいんだけども。いやほんとは全く全然よくないんだけども、うあー。



 俺は、不覚にも甘い雰囲気をぶち壊すような恥ずかしい真似をしてしまい、柄にもなく取り乱して苦笑してしまう。


 しかし、彼女はそんな不貞腐れてしまった俺にも、いつもの穏やかな微笑みを浮かべて優しく声をかけてくれるのだった。


 「もう、いいのよ。そんなにあらたまって緊張しなくたって、私はちゃんとわかってるもの。それに、貴方は変に格好つけようとしなくたっていつだって格好良い、私の大切な人よ。だからいつも通りでいいの、ね?」


「……確かに、今更と言えば今更か。君には全部お見通しだったな。すまない、さっきはカッコ悪いところを見せてしまった。こんな俺だけど、改めて話を聞いてくれるか?」


 先ほどまで情けなく取り乱してしまった分、今度はちゃんと自分らしく、なおかつ真剣であることを彼女に伝えたくて、誠心誠意まっすぐに見つめて彼女の返事を待った。


 彼女は一瞬くすっと笑ってから、くるりっと桃色の髪を舞わせて俺に向き直る。


「ええ、もちろん。聞かせてほしいわ」


 少し茶目っ気を出してウインクを返してくれる彼女に、ドクンっと心臓が跳ねる。


 可愛すぎる。頬が熱くなり、なんだか別の意味で緊張してきた。


 しかし、イヤな緊張はすっかり霧散してしまった辺り、彼女にはやっぱりかなわないと。


 ちょっとベタなことを思いつつ、俺は再び気を引き締めて彼女の方へと向き直った。


「聞いてほしい」


 俺は彼女の華奢な両肩にそっと優しく両手を添えて、そのまま真剣なまなざしで彼女の澄んだ瞳をじっと見つめる。


「……うん」


 少し頬を赤らめながらも頷いてくれた彼女に、俺は一つ頷いてから彼女の肩からそっと手を離し、代わりにポケットの中から指輪の入った藍色のケースを取り出した。


 それを見た彼女は一瞬目を見開くも、すぐに、どこか花の咲くような笑みを浮かべてくれる。


 俺は、俺はそんな彼女のことが、本当に大好きだ。だから――――


「……俺と、俺とこれからもずっと一緒にいてほしい。これからも、俺が君のことを一番に幸せにしてみせる。だから……どうか俺と結婚してください。俺は、貴方のことを誰よりも、愛しています」


 俺の真剣な思い。


 本当に愛おしくて、永遠だって共にいたいと思える程の女に、心の底から誓った言葉。



 彼女が瞠目し、噛み締めるように一度だけ首を縦に振る。


 やがて開かれたその目には、俺と同じ、確かな覚悟の火が灯っていた。


「……はい。私も、貴方の事を愛しています。だから、これからも私と一緒に生きて欲しい、です」



「――――リリー」


「――――ユウト」



 ただ、この抑えきれない程の熱い想いは、多くを語らず、互いの名を呼ぶ声にのみ押し込める。



 俺達はしばし見つめ合い、一度だけ、軽い口づけを交わした。



 本当は、このまま深いキスでお互いを求め合いたいくらいには、俺達の心は熱くゆらめいているというのに。


 それでもなお、名残惜しさをごまかしてまで唇を離したのには理由があった。



「……うむ、どうやら無事に、正妻殿とのけじめはつけられたようじゃな」



 突然、温室の入り口の方から新しく女性の声が聞こえてくる。


 それはどこか凛としていて、高貴な雰囲気を纏った耳馴染みのある声音だ。



 俺は予想通りと、声をかけて来た女の方を振り返る。


 するとそこには、その声の主の他に二人、これまた美しい女性が2人隣に立っていた。


 それはまさしく、俺にとってリリーと同じくらい大切な、かつての勇者パーティの仲間達。


 その左手の薬指には、リリーに送ったものと同じ指輪が一様に嵌められていた。


 俺とリリーが揃ってその姿に微笑みを返すと、三人もまた、どこか優しい目をしてこちらへとゆっくり歩み寄ってくる。


「……みんなの方も、もう準備は出来ているようだな」


「うむ、妾達も告げるべき者達には既に別れをつげてきたのじゃ」


「ええ、私もいつでもいけるわ」


「私も私もっ!」


 三人の意志を一通り確認したところで、俺はあえて最後にプロポーズをするに至った、一人の女性の方を再び振り返り告げる。


「リリーも、もう、いいんだな……?」


「……ええ」


 それは深く、確かな決意の宿った肯定だった。


 彼女もまた、これから新しく家族となる者達と共に、永遠を共にすることを決心してくれたのである。


 ただ、それでも寂しいものは寂しいし、思うところが全くないと言えば嘘になるのだろう。


 彼女の顔色には、やはりまだ少しだけ愁いが滲んでいるようにも見える。


「……今日で、もうこの世界ともお別れなのよね」


 どこか、噛み締めるように呟いたリリーの言葉。


 それは、永遠の別れに対する寂しさと共に、確かな決意が感じ取れるもので。


 寂しさをごまかすような、熱のこもった声音だった。


「ああ、俺達は、少し強くなり過ぎたらしい」


「あら、本当に少しだけかしら?」


「いや、確かに少しではない、か……?」


「ふふっ、思えば、あなたは学園に入学した時からも色々と無自覚だったわよね」


「いやいや、流石に俺ももう大人になったからな。ちゃんと自覚すべきことは自覚してる。現に、俺達の力が新しい火種にならないよう、こうしてこの世界に別れを告げる選択をしたんだろ?」


「……そうね、確かに。貴方の言う通りだわ。私達はこうして無事に大人になって、生きて将来を誓い合う事が出来た。これ以上は高望みが過ぎたわね。それに、愛する人と永遠を共にできるなんて、ロマンチックで素敵だわ」


 最後の言葉は少しだけ強がりな色も見えたが、それをわざわざ指摘するのは無粋だというのも、今の俺ならば自覚できる。



「だから、まだ少しだけ後ろ髪を引かれるような思いはあるけれど、それでも――――」



 ふうっと息を吐いて、彼女が俺に代わって全員にその意志を問う。



「これからもみんなと一緒にいられるなら、私はそれだけで十分。みんなも、そうよね?」



 リリーの真剣な問いかけに、俺達も神妙な顔でうなずいてから、ふっと表情を和らげた。


 最早心は一つ。


 これ以上の問答は野暮でしかないと、俺は己の身に膨大な魔力を迸らせた。



「よしっ、それじゃあ門を開くぞ」



 ついにその時が来たと、右手を前にかざし、青白い光を放った転移の門を開く。


 それは、俺を召喚した女神様にあてがってもらったとある世界への入り口だった。



 それは――――【神域】と呼ばれる神の領域。


 人ならざる者が永遠を生きる事に不足ない、閉鎖的で平穏な世界。


 俺達は今、別れへの寂しさと共に、愛する者達との幸福な未来像を胸に抱えて、神域へと続く扉へと揃って足を踏み入れた。








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異世界を救ったその後に、結婚したハーレムメンバーと神域に引きこもってひたすらゲームするだけの日々 奏月脩/Shuu Souzuki @Shuu_Souduki

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