2話 帰還前の嵐
意識が浮上したのは、不規則な振動と、重苦しい機械の唸り声の中だった。
「……う、ぐ……」
「陛下! お目覚めですか!」
視界が明ける。そこは潜水艦の狭い医務室だった。傍らには船医と思しき女性がいた。
三日間。記憶の濁流に精神を焼かれ、健一の意識は闇を彷徨っていたのだ。
「……今は、どこだ」
「ご安心を。まもなくキルケーの領海です。あと数時間で、かつての王宮の入り江に入ります。そこで今後の……」
その言葉を遮るように、船体を激しい衝撃が襲った。
キィィィィィン――。嫌な金属音が、水圧に耐える船殻から響く。
「左舷後方、魚雷接近! デコイ射出! 取舵一杯ッ!!」
艦橋に響き渡るローレンツの怒号。健一が医務室のベッドから転げ落ちた瞬間、至近距離で爆発が起き、潜水艦はまるでドリフトのように少し傾いた状態で横滑りした。
三日間。記憶の濁流に精神を焼かれ、暗闇を彷徨っていた健一の視界に、赤い警報灯が冷酷に突き刺さる。
「……ロー、レンツ……」
「陛下! お気を確かに! 奴ら、我々が領海に入るのを待っていたのです!」
モニターには、海上の敵哨戒艦から放たれたアスロック(対潜ロケット)の軌跡が無数に映し出されていた。
「対艦ミサイル、一三番から一六番発射! 敵ヘリのソナーを叩き落とせ!」
ローレンツの指令を受け、潜水艦のハッチからミサイルが連続射出される。海面を割って飛び出したミサイルが、低空でホバリングしていた対潜ヘリの一機を炎上させた。だが、多勢に無勢だ。
敵戦艦からのアクティブ・ホーミング魚雷が、回避不能な角度で迫る。
「……もう、ダメか」
ローレンツが歯を食いしばり、覚悟を決めたその時だった。
健一の指先が、医務室の冷たい床に触れる。
その瞬間、血管を駆け巡る血液が「白金色の電流」へと変質した。
(――熱い)
島が近い。
かつて世界を祝福し、六十年前に蹂躙された聖域・キルケー。その大地に眠る膨大な魔力が流れる魔脈が、王の帰還を察知し、海水を通じて潜水艦そのものを「回路」として接続し始めたのだ。
少し島から離れても魔脈に干渉できるのはエルフの国の王族のみに存在するエルフ族の上位種ハイエルフ特有の力だ。
健一は立ち上がると、船内の空気が物理的な重圧で固定された。
そして、静かに、だが揺るぎない声で命じる。
「ローレンツ。……浮上させる。艦ごと、空へ」
その言葉に、ローレンツだけでなく、艦内の全員が息を呑んだ。
しかし、次の瞬間、潜水艦の船体から青白い光の魔法障壁が展開された。
ゴォォォォォ……!
重厚な潜水艦が、物理法則を無視してゆっくりと海面から剥がれ、空へと舞い上がっていく。
障壁越しに、アルヴィスの視界には、海上の連合艦隊と、空を舞うヘリの内部構造までが、X線のように透けて見えていた。
「標的、捕捉。……消えろ、略奪者ども」
アルヴィスが、空中に停止した潜水艦から海面へ、両手を広げた。
瞬間、海面が沸騰した。
海中から、純白の光の杭が数十本、放射状に突き出した。
それは物理的な砲弾を遥かに超える速度で戦艦の艦底を貫き、内側から大爆発を引き起こす。
さらに、逃げ惑う攻撃ヘリに対し、アルヴィスの指先から放たれた魔法の雷撃が、誘導ミサイルのように空を駆け、一瞬で全機を鉄の屑へと変えた。
静寂が戻る。
炎上し、沈みゆく連合艦隊の明かりが、海面を赤く染めている。
アルヴィスは、かつての美しい王宮――今は骸となった建物の前に、障壁に包まれた潜水艦ごと静かに着陸した。
その背後で、朝日が昇り始める。
「……ローレンツ。ここからだ」
1966年に奪われたすべてを、2026年の技術で取り戻す。
「渋澤健一」という一人の人間の慈悲と、「アルヴィス」という王の権能が、今、一つに溶け合った。
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