第5話:同窓会への出陣と天の悪戯
小説:同窓会への出陣と天の悪戯
「くっそー、負けないから、見てな!」
あの真夜中のホームセンターでの屈辱、そしてイブニングドレスでの「最終決戦」を経て、私の闘争心は最高潮に達していた。夫婦間の問題は愛の抱擁によって解決したが、私が受けた社会的な屈辱――「おばあちゃん」「ババア」という言葉は、まだ私のプライドに深く刺さったままだった。
私は決意した。この闘争心を、外の世界で証明してやる。
ちょうど数ヶ月後に、高校の同窓会が予定されていた。何年ぶりだろうか。20代の頃は気にも留めなかった集まりだが、今こそ、私の真の価値を世間に知らしめる機会だ。
私はすぐに準備に取り掛かった。エステ、美容院、新しいワンピース、そしてアクセサリー。夫との夜の戦いで得た「自信」を糧に、私は徹底的に自分を磨き上げた。
同窓会当日。私は鏡の前で最終チェックをした。艶やかな髪、ハリを取り戻した肌、そして控えめながらも洗練されたワンピース。
「完璧よ」
鏡の中の私は、あの日のすっぴんの幽霊ではなかった。私は、数十年ぶりに会う同級生たちに、**「すごい、きれい!」**と心の底から言ってもらう、その瞬間だけを夢見ていた。
「見てな、あの時私を嘲笑った世間よ。私の美しさが、あの日の屈辱を完全に上書きするんだから!」
夫は、私の気迫に押され、何も言わずに出かける準備をする私を見送った。
化粧ポーチを手に取り、部屋を出ようとした、その時だった。
『臨時ニュースをお伝えします。大型で非常に強い台風15号が、今夜、開催予定の○○市内を直撃する見込みです。これに伴い、緊急で同窓会は中止となりました』
携帯の通知音が鳴り響き、同時にテレビから臨時ニュースのアナウンサーの声が聞こえた。
私は凍りついた。化粧ポーチが、床に音を立てて落ちた。
「……え?」
震える手で携帯の画面を確認する。同窓会幹事からのメール。
件名:【緊急中止】台風接近に伴う開催中止のお知らせ
『本日の同窓会は、参加者様の安全を考慮し、中止とさせていただきます。』
「……はあ?」
私は全身の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。
「中止?中止って、どういうこと?延期じゃないのー!?」
私の叫び声が、誰もいないリビングに木霊した。
なぜだ。なぜ、この最高のタイミングで、天は私に試練を与えるのか。数ヶ月間、あの屈辱を晴らすために磨き上げ、最高の武装を整えたというのに。このエネルギー、この自信、この完璧な美しさを、誰に見せつければいいのか!
磨き上げた身体も、最新のワンピースも、全てが意味をなさなくなった。
私は、怒りというよりも、途方もない虚無感に襲われた。あの屈辱の記憶は、結局、外の世界ではまだ精算されていないままなのだ。
窓の外では、すでに強い風が吹き始め、木々が激しく揺れていた。
――おばあちゃん、眉毛ない。
あの時の声が、風の音に混じって、再び心の中で響いたような気がした。
私は、着飾ったまま、ソファに深く沈み込んだ。私の美しさは、今、この部屋の湿った空気の中で、誰にも見られることなく、ただ消費されていくだけだった。
(…中略:同窓会中止の報を聞き、主人公がソファに崩れ落ちるところまで)
私は、着飾ったまま、ソファに深く沈み込んだ。私の美しさは、今、この部屋の湿った空気の中で、誰にも見られることなく、ただ消費されていくだけだった。あの屈辱を晴らすチャンスは、天災によって無情にも奪われたのだ。
その時、リビングのドアがそっと開いた。仕事から早めに帰宅した夫が、外の激しい雨音に気づき、静かに部屋に入ってきた。彼は私の異様な姿――イブニングドレス姿で虚ろに座り込んでいる私――を見て、すぐに事態を察したようだった。
「中止になったのか?」夫が優しく尋ねた。
私は、口を開く気力もなく、こくりと頷いた。
夫は私の傍に座り、そっと手を伸ばしてきた。
「大丈夫だよ。そんなに落ち込むな」
その瞬間、私の内側に溜まっていた憤りが爆発した。この美しさを外で証明できなかった虚無感は、今、目の前の夫を標的とするしかなかった。
「誰が大丈夫よ!あなたには私の気持ちなんか分からないわ!何ヶ月も、あの屈辱を晴らすために磨いてきたのに!」
夫は困ったように微笑み、再び私の肩に触れようとした。
「おれがいるじゃないか!」
夫の言葉は、素直な慰めと、昨夜の情熱を思い起こさせるような響きを持っていた。
しかし、その瞬間、私のプライドはそれを許さなかった。私の美しさは、外の世界の審査員たちに評価されるべきものだった。夫という「内側の承認」は、既に済んだ儀式であり、今は的外れだった。
「ビシッ!」
私は、夫が伸ばしてきた手を、容赦なく強く叩き払った。
夫は痛みに顔を歪めたが、私はそんなことには構わない。
「あなたはもういいの!あなたはもう、私を『かわいい』って言わされたでしょ!私の価値を決めるのは、あなたじゃない!」
私の目は怒りに燃えていたが、内心では、この夫の「慰め」を拒否することで、この溢れかえったエネルギーをどこかに向けるしかないことを知っていた。
「私の敵は、あの日の非常識な若夫婦と、この私を否定した世間の目よ!」
私はソファから立ち上がり、イブニングドレスのスカートの裾を翻した。
「分かったよ…」夫は諦めたように肩を落とした。「君は、まだ戦いの途中なんだな」
私は部屋の隅にあるリングライトと三脚に目を向けた。
「ええ、そうよ。戦いは終わらない。私を見てくれる場所がないなら、私が作るまでよ」
私は、このドレスを脱ぐ気にはなれなかった。この完璧な武装を、無駄になどできない。
台風の雨音が窓を激しく叩く中、私は携帯のカメラを構えた。
「見てなさい。私の美しさは、この嵐の中でも、誰にも奪えないんだから!」
私は再び自撮りモードに入った。今度の写真には、可愛さなどいらない。必要なのは、嵐に立ち向かう女の、強さ、悔しさ、そして不屈の美だけだ。
夫は、その様子をソファから静かに見つめていた。彼の表情には、妻への諦めと、奇妙な愛おしさが混じっていた。
同窓会は中止になった。だが、私の「戦い」は、今、この自宅のリビングという新たな戦場で、静かに、そして激しく再開されたのだった。
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