第8話
街の外縁は、中心よりも静かだった。
石畳の継ぎ目が荒くなり、建物の高さが低くなる。人の声は減るが、生活の音は濃くなる。水桶がぶつかる音、布を叩く音、咳払い。助けが必要な場所ほど、声は小さい。
意図的に、歩く。
同じ通りを避け、同じ顔を避ける。時間帯をずらし、目的を持たない顔で進む。視線は広く、焦点は甘く。観察していると悟られない程度に、街を読む。
最初に声をかけたのは、桶を引きずる老人だった。背は低く、歩幅が狭い。水面が揺れるたび、腕が震える。
「お手伝いしましょうか」
短く、柔らかく。理由を添えない。断る余地を残す。
老人は一瞬こちらを見て、視線を落とした。
「……すまん」
それだけでいい。桶を受け取り、歩調を合わせる。急がない。会話を広げない。家の前で桶を置き、礼を受け取る前に一歩下がる。
「ありがとう」
「いえ」
それで終わりだ。名前も、用件も、残さない。
次は子どもだった。石の段で転び、膝を押さえている。泣き声は上げない。歯を食いしばっている。
しゃがみ、視線を合わせる。距離は保つ。
「大丈夫ですか」
子どもは頷く。強がりだ。膝の擦り傷に布を当て、軽く押さえる。
「歩けそうですね」
断定しない。確認だ。
子どもは立ち上がり、少しだけ歩く。顔が緩む。
「気をつけて」
それだけ言って、立ち去る。親を呼ばない。大事にしない。
女が荷車を押している。坂で止まり、息を整えている。声はかけない。背後から、自然に押す。気配で伝える。
「あ……」
振り向いた彼女は、驚き、すぐに笑った。
「助かります」
「重そうでした」
評価をしない。事実だけ。
坂の上で手を離し、軽く頭を下げる。礼は受け取らない。
こうした小さな接点を、点で打つ。線にしない。繋げない。噂にしない。
昼を過ぎるころ、腹が鳴る。財布は軽い。銀貨はない。銅貨も、残りは心許ない。想定どおりだ。
街を巡り、頭を下げる。
「力仕事を探しています」
言い訳はしない。過去も語らない。期限も決めない。
市場の裏で、荷積みの手が足りないと聞く。木箱を運ぶ。重いが、難しくない。賃は小銅貨数枚。十分だ。
次は修繕。歪んだ扉を直す。釘を打ち、蝶番を調整する。道具は借りる。借りたら、必ず返す。
汗を拭き、息を整える。誇示しない。疲れた顔を見せない。
夕方、日雇いの仕事が終わる。手にした銅貨は少ない。だが、音がいい。自分で稼いだ重みだ。誰にも見せない。数えない。
宿に戻る途中、街の中心から少し外れた路地で、また誰かが困っている。だが、今日は深入りしない。点は十分だ。過剰は目立つ。
宿に着くと、エリスがカウンターにいる。こちらを見る目が、昨日より柔らかい。だが、驚きはない。自然な変化だ。
「お帰りなさい」
声が、少しだけ明るい。
「ただいま」
短く返す。成果は語らない。
薪を運び、床を拭く。頼まれていない仕事を、いつもどおりに。
夜、部屋で銅貨を並べる。生活費は、足りる。余らせない。余らせると、次の一手が鈍る。
ベッドに横になり、天井を見る。
今日は、金を使っていない。使う必要がなかった。助けは、手と時間で足りる。街は、それを受け取る。
行動範囲は、広がった。顔は、覚えられ始めている。だが、名前は残っていない。役割もない。
ちょうどいい。
明日も、歩く。
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元カルト教祖の異世界転生、反省も贖罪もないまま詐欺師の加護で人の人生に口を出す 道草ふみ @michi_kusa_fumi
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