第1章 旅立ち
第1話 昔のこと
「なあ、カセム。お前の国、大丈夫なのか?」
幼なじみのマシュリクが、眉をハの字にしてたずねてくる。この何とも頼りない男に心配されると、やはり大事件なのだと認めざるを得ない。
問われたカセムは、燃える様な紅い髪をわしわしと掻きむしりつつ。
「……それは──大丈夫じゃないだろう?」
二人は並んで岩場に座り、小川に糸を垂れていた。
お互い示し合わせた様に、こっそり勉強の時間を抜け出し、森を流れる小川で、釣れない魚相手に糸を垂れるのが日課となっている。
互いに七歳の頃、この小川で偶然出会ったのがきっかけで、肩を並べてつきあう仲となった。
『よう。釣れているかい?』
『いいや…。まったく釣れないんだ…』
カセムの問いかけに、まるで長年の友のようにマシュリクが答えたのが始まりで。
出会って十年。お互い十七歳になる。
だが、身分は大いに異なる。互いに王位を継ぐもの、と言う点は同じだが、マシュリクは大国ファジル帝国の後継ぎだ。いつかは皇帝となる身。カセムの父が治めるウイラ周辺の国々はすべて、ファジル帝国が治めている。
一方、カセムは小国ウイラの長子。規模はかなり小さく、住民も二千人いるかいないか。
カセムは一応、家督を継ぐため王子とは呼ばれるが、それも名ばかりでたいそうなものではない。ウイラの王の立場は、雰囲気的に村長や町長に近い。小さな集まりを治める首長。それほど、カセムの住む国は小さいのだ。
ではなぜ、それほど小さいウイラが国として成り立っているのかと言えば、それは貴重な
神子とは、精霊の声を聞き、また、願いを聞き入れてもらう、そんな役割をこなすことができる、感覚の鋭い者たちのことだ。神子は必ず王の血筋に生まれる。しかも決まって紅い髪を持つものにだけ、力が現れた。
この土地がそうさせるのか、はたまた血筋なのかはわかっていない。
周辺の国家は、精霊への信仰が篤い。それだけに神子が生まれる国を攻め滅ぼすことは躊躇われ。下手に手を出し、精霊の怒りをかってはたまらない。そのため、どんなに小国でも手を出されずにすんできたのだが。
この所、雲行きが怪しくなってきている。ウイラにある山から、希少な鉱石が発見されたからだ。
主に武器に使われるもので、とても高価なそれは、高値で取り引きされている。それを狙って精霊などうやまわない他国が、攻め込む算段をしているというのだ。
今すぐに攻め込んで来るわけではない様だが。
「うちは最小で最弱の国だ。お前んとこのファジルと比べたら、吹けば飛ぶ。他の国に攻められれば、あっという間に落ちるだろう。そんなことになってみろ。産出される高価な鉱石を財源に、どんどん武力を増強して、おまえの国を脅かすことになるぞ? うちの心配なんてしてる場合じゃないだろう」
「それはそうだが…」
「どうせなら、お前の国に取り込まれた方がまだマシだ。今までどこかの国の傘下に入ることはなかったが、守ってもらえるなら精霊だって怒りはしないさ。逆にありがたいってもんで、加護を受けられるだろう」
「…おまえ、神子の力はあるのか?」
「じゃなきゃ、後継ぎになんか選ばれないさ。っとに、どうして俺みたいな粗野な人間にこんな力があるのか…」
カセムはああ! っと、頭をかきむしるが。カセムには紅い髪を持つ弟が三人、妹が二人いたが、カセム以外に神子の力の発現はなかったのだ。神子になれば殺生は禁じられる。幾ら家族を、民を守りたくとも、自ら手は下せないのだ。
マシュリクは竿を置くと、そんなカセムの肩にがしっと両の手を置き。
「俺が皇帝になったら、お前の国を守るよ。統治下に置いて、他の国には手を出させない。鉱石にも手は出さない。それはお前の国を潤すものだ。お前の国は小さくて飢饉に見舞われれば、ひとたまりもないだろう? そういう時に使えばいい。…それでもいいか?」
「もちろん。お前の下なら安心だ。けど、守ってもらうのに、ただじゃなぁ。鉱石もいらないってんなら、何か考えないと…」
するとマシュリクは鼻息も荒く。
「それなら、おまえの所に生まれた子を、俺の後継ぎにもらえないか? 姻戚関係を結べば、絆は切れない。そうなれば両国とも安泰だ!」
それにはカセムも納得した。このマシュリクはとても純朴でいいヤツなのだが、どうも人が良すぎて騙されそうな気配がある。
現皇帝は、それを見越して能力の高いものを家臣に重用しようと募っているとか。
いい考えだ。上がのほほんとしていても、下に付くものがキリッとしていれば問題ない。
ただ、頭のいいヤツは悪知恵も働く。人格も見て選んでいれば問題ないが、もし底意地の悪いやつに当たったら目も当てられない。
──それなら。
カセムは神子の力が発現しなかった子を選び、逞しく育て送り込んでやろうと決めた。本当なら自分が行ってやりたいところだが、神子になった以上、アウラを離れるわけにはいかないのだ。
「おお! それは名案だ! って、まだ結婚相手も決まってないけどな。いや、必ず子は産まれる。なら、俺の所の子を、お前の所で生まれた皇子の誰かに嫁入りさせるよ。お前の国は、男子が継ぐと決まっているんだろう? うちは後継ぎに性別は関係ない。要は神子の力があるかどうかだ。それ以外の子だったら喜んで差し出すよ。お前のところと縁が持てるなら、四の五の言っている場合じゃないさ」
「…けど、ひとつ心配がある。おまえの所に子がたくさん生まれるとは限らない。神子になれば、国を離れられないんだろう? ひとりしか生まれなかったら──」
「そんな事は起こらない。俺の国はなぜか子どもが山のように生まれるんだ。…ただ、男ばかりの時も、『
この時代、男女かまわず、美しい者は王宮へ召し抱えられていた。マシュリクの国、ファジル帝国では皇子に迎えられるものは、『妃』と呼ばれ、皇帝に迎えられるものは『
側は側室であり、正式なものだが、妾は正式ではなく、身分に関係なく気に入ったものを置くことができた。そこに性別は関係ない。
「もちろん! 男子だろうと女子だろうと、妃として皇子に迎え入れる!」
「しかし、マシュリク。今のところはすべて過程の話だな? まだ俺たちは成人前の十七歳だぞ」
「だな。なんてって、俺たちは嫁さえもらっていないんだ!」
そう言って、互いに顔を見合わせガハハと笑ったのだった。
ホワイトピーコック&スパロウ マン太 @manta8848
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