12 天空の凱歌、三位一体の衝動

 標高三千メートル。王都の遙か上空に浮かぶ王立天空回廊は、純白の雲を切り裂くように伸びる、魔力で編まれた透明なコースだった。


「信じられない。足の下に街が豆粒みたいに見えるわ」


 アルカディアの背でセリアが短く息を吐く。その瞳は恐怖ではなく冷徹なまでの集中力に支配されていた。


「セリア、前だけ見てろ。風は俺たちが作る」


 俺はバハムートの首筋を叩き、隣に並ぶエリスと視線を交わした。


「準備はいいわね、レン、セリア。黄金と白銀の共鳴、一度でもズレれば私たちは雲の底よ」


 エリスが跨る黄金馬ゴールドシップも闘志を秘めた静かな嘶きを上げる。


『レンよ、魂が震えるな。この高み――まさに我が翼を広げるに相応しい戦場だ!』


 ファンファーレが鳴り響く。二十万人の歓声が雲を突き抜けて地鳴りのように届く。


「ゲート、オープンッ!」


 スタート直後――ギリアム伯爵が送り込んだ黒鉄の親衛隊六頭が暴力的な加速で先頭を奪った。連中は勝利を目指していない。俺たちをコース外へ弾き飛ばすための壁として動いている。


「来るわよ! 第二コーナー、吸魔術式発動!」


 エリスの叫びとともにコース一帯が不気味な紫色の光に包まれた。その瞬間、アルカディアとゴールドシップの身体が目に見えて重くなる。空中路を維持するための魔力が、足元から根こそぎ奪われていくのだ。


「きゃあああああっ! 魔力出力、急降下! このままじゃ路面が維持できない!」


 珍しくセリアが悲鳴を上げる。アルカディアの蹄が透明な路面を捉え切れず滑り始める。


「エリス、今だ!」

「言われなくても! ゴールドシップ、共鳴開始! 白銀の乙女に私たちの輝きを繋ぎなさい」


 エリスが俺から渡された銀のブレスレットを掲げる。同時にセリアがアルカディアの首筋にある魔力節に指を当てた。黄金と白銀の魔力が目に見える螺旋となって二頭を繋ぐ。逆位相の魔力波形が吸魔の領域を打ち消し、俺たちの周囲にだけ静寂と安定した道が戻ってきた。


 しかしギリアムの妨害はそれだけでは終わらない。


「ちっ……術式を無効化したか? ならば物理的に粉砕してくれるわ!」


 貴賓席でギリアムが通信機に怒声を浴びせる。

 親衛隊の重装甲馬たちが時速百キロを超える速度で、セリアとエリスの横腹に体当たりを仕掛けてきた。


「させない! レンさん、今です!」


 魔法通信機から地上で祈るミアの叫びが届く。バハムートに特殊な興奮剤ではなく、精神を研ぎ澄ませる清涼の香を染み込ませていた。


「バハムート、お前の番だ! 蹴散らせ!」


『おおおおおっ! 雑魚どもが我が主の道を塞ぐな!』


 バハムートが漆黒の雷と化してセリアたちの前に割り込んだ。装甲馬の体当たりをバハムートはその強靭な胸筋だけで受け止める。火花が散り鋼鉄がひしゃげる音が響く。


「なっ……馬の身体で魔導装甲を押し返しただと!」


 驚愕する騎士たちをバハムートは一睨みで威圧し、その巨体で強引に路面を削りながら道をこじ開けた。


 物理の剛で敵を弾くバハムート。魔法の柔で罠を無効化するアルカディアとゴールドシップ。前世の競馬ではあり得ない、三頭による究極のチームプレーが、天空のコースを支配していく。


 最終ストレート――雲を突き抜けた先に黄金のゴール板が見えてきた。しかしそこには最後にして最大の壁が立ち塞がっていた。


 ギリアムが密かに育て上げていた伝説の魔獣と馬のキメラ――終焉の騎馬(アポカリプス)だ。その馬は周囲の酸素を燃やしながら黒い炎を纏って猛追してくる。その速度はすでに生物の限界を超えていた。


「あいつ……馬を殺す気ね。あの速度に耐えられる心臓なんてないわ」


 セリアが顔を蒼白にする。


「いいえ、まだよ。私たちが一つになれば、あの化け物さえ超えられる」


 エリスが俺の手を掴んだ。


「レン、貴方の声を貸しなさい。私たちの魔力をバハムートの野生に同期させるのよ!」


 俺は二人の手を取り三人の意識を一つに繋いだ。セリアの精密な計算、エリスの高潔な魔力、そして俺の騎手としての直感。それが三頭の馬たちに流れ込む。


「いくぞ、バハムート、アルカディア、ゴールドシップ!」


 黒、白、黄金。三色の閃光が重なり合い、巨大な光の翼となった。それは三位一体の衝動(トリニティ・ドライブ)だ。絆を否定し力を搾取し続けてきたギリアムには、一生かかっても到達できない人馬一体の最終形態。


『オオオオオオオオオオッ!』


 三頭の嘶きが一つになり天空を揺らす。黒い炎を撒き散らすアポカリプスを俺たちは一瞬で置き去りにした。風を切り裂き、音を置き去り、光の粒子となってゴール板を駆け抜ける。


 一着、バハムート。

 二着、アルカディア。

 三着、ゴールドシップ。


 完璧な――完全なる勝利。スタジアムが――いや――王都全体が震えるほどの歓喜に包まれた。


「はは……やったな」


 俺はゴール後、力尽きて膝を突くバハムートの首に抱きついた。


「信じられない。私たち、本当にあの大舞台で勝ったのね?」


 セリアは馬上で泣いていた。かつて奪われた父の名誉、そして自分自身の誇りを、今この瞬間に取り戻したのだ。


「今回だけは貴方たちを認めてあげるわ」


 エリスも乱れた髪をそのままに清々しい笑顔を浮かべていた。


 そして地上では――


「レンさああああああああああん! セリアさああああああああああん!」


 ミアが誰よりも大きな声で泣きながら空に向かって手を振っていた。


 貴賓席。

 すべての不正が暴かれ衛兵たちに取り押さえられるギリアム伯爵の絶叫が響くが――それを聞く者はもう誰もいない。


 空には俺たちの勝利を祝うような見事な虹がかかっていた。

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元天才騎手、馬の声が聞こえる能力で異世界の呪われた馬を最強にする 〜落ちぶれ厩舎の令嬢と看板娘を救って王都の魔法競馬を蹂躙する〜 御厨あると @mac_0099

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