11 高潔なる青き閃光、共鳴する翼
予選通過の歓喜は厩舎の奥にある重苦しい空気に掻き消されていた。魔法爆破の直撃を受けたバハムートの脇腹には、今も焼け付くような痛々しい傷痕が残っている。
「無理しないでバハムートちゃん。今、傷を癒やす魔法薬を塗り直しますからね」
ミアは涙を堪えながら傷口に薬を塗っていく。手は震えていたが献身的な看病のおかげで、バハムートの呼吸は幾分か安定していた。
『案ずるな。我が肉体、この程度の火傷でくたばるほど柔ではないわ。だが、あの卑劣な光。あれは許し難い』
バハムートの声には静かな怒りが宿っていた。隣ではアルカディアが魔力を分け与えるようにバハムートの首筋に顔を寄せていた。
「計算外ね。ギリアムの妨害がこれほど露骨で殺意に満ちたものだなんて。私の情報収集が甘かったわ」
セリアは壁に寄りかかり自嘲気味に呟く。指先は今もなおレースの衝撃と恐怖を覚えているかのように震えていた。
「セリアのせいじゃない。悪いのは勝負を汚したあいつだ」
俺がバハムートを撫でようとした時、厩舎の入り口に毅然とした足音が響いた。
「本当にその通りよ。勝負に私情を挟むのは二流、魔工品で命を奪おうとするのは三流以下の外道だわ」
現れたのは黄金の髪を靡かせたエリス・フォン・ローゼンバーグだった。普段の傲慢な態度とは一変し、激しい怒りを孕んだ碧眼で俺たちを見つめていた。
「エリス……なんの用だ? 勝ち誇りに来たなら悪いがほかを当たってくれ」
「馬鹿を言わないで。私は貴方たちを好敵手と認めたのよ。それなのにあんな醜悪な策略で潰されるのを黙って見ていられるほど私は安っぽくないわ」
エリスは背後の従者に命じ、一つの小箱を机の上に置かせた。中には王室御用達の刻印が入った最高級の聖霊薬(エーテル・エリクサー)が収められていた。
「これを受け取りなさい。王都騎獣学院の宝物庫から持ち出してきたわ。これならその黒馬の傷も一晩で完治するはずよ」
「なっ! そんな貴重なもの受け取れないわよ。ローゼンバーグ家の立場はどうなるの?」
セリアが驚いて声を上げる。
「立場? そんなもの私のプライドに比べればゴミ同然よ」
エリスは吐き捨てるように言った。
「ギリアム伯爵は王都の伝統あるレースを私腹を肥やすための見世物に変えた。私はあいつを許さない。本戦であいつが送り込む完成形の魔導馬たちを貴方たちと協力して叩き潰すわ」
「協力?」
ミアが目を丸くしてエリスを見上げる。
「ええ。本戦のコース王立天空回廊(ロイヤル・スカイロード)は、標高三千メートルを超える山岳地帯から、雲の上の魔導路を駆け抜ける超ロングコース。あそこにはギリアムが仕掛けた吸魔の術式が張り巡らされているわ」
エリスは机の上にコースの地図を広げた。
「出走する全馬から魔力を奪い、自身の所有する馬だけに再供給する汚いシステムよ。これではどんな名馬でも中盤で力尽きる。でも私のゴールドシップと貴方のアルカディアが共鳴すれば、その術式を無効化できる可能性があるわ」
セリアが素早く計算を始める。
「なるほど……二頭の魔導馬で逆位相の魔力波形を作って術式の干渉を打ち消すわけね。でも……それには乗り手同士の完璧なタイミングが必要よ。一歩間違えれば二頭とも魔力が枯渇して墜落するわ」
「だから来たのよ。貴方の計算能力と私の騎乗技術。あとはこの男のわけのわからない対話とやらを合わせれば不可能じゃないはずよ」
エリスは不器用な手つきでミアの看病を手伝い始めた。
「この薬草の混ぜ方――もうちょっと工夫が必要ね。私が教えてあげるから、しっかりやりなさい」
「あう……は、はいっ! ありがとうございます!」
いつの間にか厩舎の中は不思議な一体感に包まれていた。セリアの鋭い分析。ミアの温かな献身。エリスの誇り高き情熱。性格も立場もバラバラな三人の少女が、一つの目的のために結託した瞬間だった。
深夜、バハムートの傷口が聖霊薬の光に包まれ驚異的な速さで塞がっていく。
『ふむ。あの黄金の娘、なかなか骨のある奴だな。我が全力を出す舞台が、ようやく整ったようだぞ』
「ああ。待たせたな、バハムート。本戦は今まで以上に熱い戦いになるさ」
俺は厩舎の外に出た。そこには月光を浴びながら一人で夜空を見上げるエリスの姿があった。
「レン、改めて言っておくわ。これは共闘であって友情ではないわよ」
エリスは振り返らずに言った。
「ギリアムを潰したその瞬間――貴方はまた私の倒すべき敵に戻るの。いいわね?」
「ああ、それでこそ好敵手だろう?」
エリスは少しだけ口角を上げると懐から小さな魔石のついた銀のブレスレットを取り出し俺に投げ渡した。
「これは?」
「私とアルカディアの魔力を同期させるための触媒よ。貴方の野暮ったい腕に似合うかは知らないけれど……失くしたら死刑だからね」
最強の布陣が揃った。
「さあ、始めようか? 異世界の常識を塗り替える俺たちの反撃だ」
翌朝、王都の空には決戦を告げる紅蓮の太陽が昇った。建国記念大賞典――本戦。数多の陰謀と魔法が渦巻く雲上のターフへと、黒と白、そして黄金の閃光が今――解き放たれようとしていた。
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