10 双翼の絆、断ち切られた過去を超えて

 王立魔導スタジアムの地下、出走直前の静寂の中でセリアは震える指先を隠すように強く拳を握り締めていた。彼女が纏うライディングスーツは、かつて彼女の家――今は亡き名門ローラン家の紋章が刻まれていた場所を不自然に隠している。


「セリア……お前の家のことはギルドの古い記録で見たよ」


 俺が声をかけるとセリアは肩を跳ねさせ鋭い視線を向けた。


「勝手に調べないで頂戴。あんなもの、とうに捨てた名前よ」


 セリアの父は――かつて王都でも高名な馬主だった。幼い彼女は神童と呼ばれ誰よりも馬を愛し、その背中で風になることを夢見ていた。 しかし十年前の建国記念大賞典。有力貴族の陰謀により父の馬は禁止薬物を使用したという濡れ衣を着せられた。地位も名誉も奪われた父は失意のうちに亡くなり、彼女が愛した馬たちもすべて、王都の連中の手に渡り処分された。


「あの日から私は決めたの。馬なんて――ただの金を生むための道具。感情なんて算盤の邪魔になるだけの不純物だって……なのに……どうしてかしらね」


 セリアは傍らに立つアルカディアの瞳を見た。かつての自分自身と同じように絶望の淵からレンに救い出された白馬だ。


「計算が合わないのよ。貴方と一緒にいると私の数式が全部狂う。だから責任取ってもらうわよ。私の計算通り、勝たせなさい」


「ああ、最高の景色を見せてやるよ」


 予選第十二ヒートは異例の「デュオ・リンク」形式で行われる。二頭一組で出走し「後着の馬のタイム」がチームの記録となる。つまりどちらか一頭が突出して速くても意味はなく、二頭が揃って早くゴールしなければならない。


 まあ、現実的には一着と三着あるいは二着と三着など勝ちようはいくつもある。場合によってはそれ以下の順位でも本戦へ進めるくらいだ。


「ふん……一頭ならまだしも二頭揃っての上位突破など素人には不可能だ」


 貴賓席から見下ろすギリアム伯爵が冷酷な合図を送る。


 ゲートが開いた瞬間――スタジアムを揺らす咆哮とともにギリアムが送り込んだ四組の刺客たちが牙を剥いた。連中は最初から勝利を捨てていた。狙いはただ一つ――俺とセリアの脱落だ。


「セリア、左だ! 挟ませるな!」

「わかってるわ! このっ!」


 セリアが騎乗するアルカディアを鋼鉄の装甲を纏った二頭が左右から圧迫する。金属が擦れ合う嫌な音が響き、セリアの顔が恐怖に強張った。


「セリア、アルカディアを見ろ!」


 俺の叫びが風を裂いて届く。


「アルカディアは道具じゃない! お前の翼だ! 過去に縛られるな、今のこいつの声を聞け!」


『セリアさん、私、負けません。貴方をあの日のように悲しませたりしない!』


 アルカディアから放たれた純白の魔力がセリアの身体を包み込んだ。その瞬間――セリアの脳内に、かつて持っていた直感が戻ってくる。計算ではない、馬との魂の同調だ。


「そうね。私の算盤は――まだ敗北の二文字を弾いていないわ!」


 最終コーナーに突っ込む。

 刺客の一頭が禁止されているはずの魔導攻撃――足元を爆破する術式を発動させた。ターフが激しく爆ぜセリアとアルカディアの進路が断たれる。


「危ない!」


 ミアの悲鳴がスタジアムに響く。

 その時、バハムートが咆哮した。


『構わぬ、我を使え! この程度の火花、我が肉体でねじ伏せてくれるわ!』


 俺は迷わなかった。バハムートを強引に内側に切り込ませ、爆風の直撃を肉体で受け止める盾となった。


「ぐっ!」


 衝撃が腕を伝わりバハムートの脇腹から鮮血が舞う。だがバハムートはその巨体で爆風を押し潰し、セリアとアルカディアのために一本の道をこじ開けた。


「レン? 貴方なにを!」

「いいから行け、セリア! 記録は後ろの馬で決まる! お前とアルカディアが先に抜けなきゃ俺たちの勝ちはないんだ!」


 これがペアレースの真髄だ。俺とバハムートが盾となり、敵の攻撃を引き受ける。その間に最も軽い身のこなしを持つセリアとアルカディアが勝利を確定させるために突き抜ける。


「馬鹿! 本当に馬鹿なんだから!」


 セリアは涙を拭い前を見据えた。


「アルカディア! 私たちの誇りを見せてあげましょう!」


 アルカディアが空を飛んだ。バハムートが開いた道を一筋の閃光となって駆け抜ける。その背に乗るセリアの騎乗フォームは、かつての神童そのもの――いや、それ以上の未来を切り拓く者の姿だった。


 満身創痍のバハムートと俺も最後の力を振り絞って跡を追う。


「行けえええええっ!」


 バハムートの咆哮とアルカディアの嘶きが重なる。二頭は文字通り一対の翼となり、ギリアムの刺客たちを遙か後方に置き去りにしてゴール板を駆け抜けた。


 一着、アルカディア。二着、バハムート。


 電光掲示板に二頭の名前が並んだ瞬間、スタジアムは熱狂の渦に飲み込まれた。


 ゴール後、バハムートは大きくよろめき俺はその首を抱き締めた。


「よくやった、バハムート。最高だったぞ」


 そこへアルカディアから飛び降りたセリアが、なりふり構わず駆けてきた。


「馬鹿! 無茶し過ぎよ!」


 セリアは俺の胸を叩きながら泣いていた。毒舌は止まらないが、その目には俺とバハムートへの、隠し切れない愛情と信頼が溢れていた。


「えへへ……やっぱり最高の仲間ですね」


 ミアが救護用の魔法薬と野草の束を抱えてやってくる。ボロボロになったバハムートの傷を優しく撫で涙を流していた。


「セリア……お前の家の名誉、これで半分は取り戻したな」


 俺の言葉にセリアは少しだけ照れくさそうに笑い髪飾りを整えた。


「なにを言ってるの。これはまだ予選よ。本戦でギリアムの鼻を明かして、あいつの全財産を毟り取るまで、私の算盤は止まらないわ」


 その時、パドックの入り口に人影があった。 エリス・フォン・ローゼンバーグだ。


「認めざるを得ないわね。自己犠牲を伴う連携……あれこそが忘却されていた人馬一体の極致。本戦で待っているわ」


 エリスの言葉に俺は手綱を強く握り直した。 怪我を負ったバハムートの傷は深いが、ミアの献身的なケアとアルカディアの励ましがあれば必ず立て直せる。


 ギリアム伯爵の冷酷な視線を跳ね除け、俺たちは確かな勝利の感触を抱いて、光り輝く本戦の舞台へと歩みを進める。

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