第4話 仕切り直しとお守り②
近くのカフェで時間を潰したあと、電車に揺られて先生のクリニックへ向かった。
少し前まではまったく縁のなかったこの町が、いつの間にか地元みたいに馴染んでいる。そんな感覚が、少し不思議だった。
寂れた商店街を抜けると、見慣れた建物が姿を現す。
時計の針は、診療終了から三十分後。
患者さんも帰って、先生も一息ついた頃だろう。
小さく頷いて、古い木の扉を開けた。
「こんにちはー」
声をかけると、すぐに白衣姿の先生が出迎えてくれる。
「古川さん、わざわざ来てもらってごめんね。すぐ用意しますから、
中で待っててください」
「あ、早かったですか?」
「いえ、大丈夫ですよ。どうぞ」
先生が診察室のドアを開けてくれて、私は「お邪魔します」と声を添えながら、
居住スペースへ続く部屋へ進む。
「椅子に腰かけて待っててくださいね」
ぱたぱたと階段を上っていく後ろ姿に、思わず「急ぎすぎて転ばないかな」と
心の中で呟いた。
職場と住まいが同じ場所というのは便利そうだ。
満員電車とは無縁で羨ましいけれど、急患が来たら休む間もなく働くことになる。
――やっぱり、大変だよなぁ。
「何か、小難しいこと考えてます?」
はっと我に返ると、着替えを終えた先生が目の前に立っていた。
いつの間に。早業すぎる。
「服はいつもワンパターンなので、すぐ着替えられるんですよ」
「なるほど……。ていうか、心の声、読みました?」
「表情を見れば、だいたいわかりますから」
「さすが先生。患者さんと毎日接してるだけありますね」
「うーん、それとはちょっと違うかもしれませんね。ふふ」
楽しそうに笑う先生に、まあいいか、と私も肩をすくめた。
私は鞄からお守りを取り出して、差し出す。
「先生、お守りです。三つあるので、よければ点野さんと羽生さんにも。
先日は本当にお世話になったので」
「ありがとうございます。皆さんの分まで……嬉しいです」
安心したように笑う先生に、こちらまで少し照れくさくなる。
「でも、本当にいいんですか? 祈祷前のお守りですよ?」
「ええ。古川さんが作ってくれたんです。それだけで守られた気がしますよ」
「……先生、変な宗教に引っかからないでくださいね? ちょっと心配です」
私の冗談に、先生はまた柔らかく笑った。
「じゃあ僕からは、これ。先日の往診に付き添ってくれたバイト代です」
差し出された封筒を、私はそっと押し返す。
「それならランチ代に使ってください。受け取れません」
あの日は食事も宿泊も奢ってもらった。
これ以上は申し訳なさすぎる。
何より――「友人」として頼ってくれたことが、私にはいちばん嬉しかったから。
「……わかりました。じゃあ“お守り代”として受け取ってください」
再び封筒を差し出す先生。
ああ、これは受け取るまで終わらないやつだ。笑顔の圧が、すごい。
「……ありがとうございます。それなら」
苦笑しつつ封筒を受け取ると、先生は満足そうに微笑んだ。
「お手数かけました。じゃあ、ご飯に行きましょうか」
「はい!」
寂れた商店街を、並んで歩く。
夕暮れの風は少し冷たくて、けれどその静けさが心地よかった。
自然体のまま、ぽつりぽつりと交わす会話が温かくて――私は改めて思う。
やっぱり先生は、私の癒しだ。
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