第4話 仕切り直しとお守り①

新しい一週間が始まり、また満員電車に揺られる毎日が戻ってきた。

通勤ラッシュの憂鬱さはあるけれど、仕事そのもののストレスはほとんどない。


人間関係も良好。仕事内容にも不満はない。

――恵まれているな、と心から思う。


「古川さん、朝に言ってたお守りは三つでいい?」


作業場へ顔を出した社長の奥様に呼ばれ、私は手を止めた。

用意していた箱を差し出す。


「はい。このお守りを三つ、お願いできますか」


「はいよー。金額は材料代だけでいいからね」


「えっ、いいんですか? 助かります。ありがとうございます」


礼を言うと、奥様は「お安いご用よ」と笑い、事務所へ戻っていった。


「古川さん、お守り、誰かにあげるのかい?」


隣の席の茅島さんが、手を動かしながら不思議そうに覗き込んでくる。


「はい。お世話になった方に、プレゼントしようと思いまして」


――実は先日、東地先生に家まで送ってもらった帰り際、先生に言われたのだ。

「お守りが欲しい」と。


「神社で売っているものじゃなくていいんですか?」と聞いたら、

先生は「それでいいですよ」と柔らかく笑った。

その笑顔が妙に真剣に見えて、私は変に深読みしてしまったくらいだ。


どうせなら――と、

お世話になった点野さんと羽生さんの分も一緒に作ることにした。


「祈祷前のお守りでいいのかい?」


茅島さんの言葉に、私は苦笑する。


「私もそう言ったんですけど……構わないそうで」


「なるほどねぇ。でも、あげる前に神様にご挨拶した方が、

効き目は上がる気がするね」


「やっぱりそうですよね。仕事帰りに寄ろうかな」


「神様に挨拶するなら、午前中の方がいいよ。

朝は空気が澄んでいて、穢れが少ないから」


確かに、そんな話を聞いたことがある。

だったら週末に持ち越そう。


私は出来上がったお守りを大事に持ち帰り、週末の参拝を決めた。



少し早起きして訪れたのは、いつもお守りを扱っている神社だった。

お守りを手に、丁寧にお参りする。


割引してもらった分は、お賽銭箱へ。

――そうしないと、ご利益を受け取れない気がしたのだ。

自分でも単純だと思うけれど。


参拝を終え、境内をゆっくり歩く。

朝の空気が肌を撫で、胸の奥まで澄んでいくようだった。


(お守りミッション、完了)


ひとり胸を張りつつ、いつ渡そうかを考える。

……そういえば、あれから東地先生から連絡はない。


寂しい、なんて言うほど重くはないはずなのに。

胸の奥が、少しだけひゅっと冷える。


今日の午後、診療が終わる頃にお守りだけ渡しに行こうか。

でも迷惑かもしれない。どうしよう――。


そんなふうに悩んでいたとき、スマホが鳴った。


「あ、東地先生からだ」


画面を開くと、メッセージがひとつ。


『先日のバイト代と、仕切り直しと、お詫びを兼ねて。

ランチでもどうですか?』


「……え、バイト代? ただ付いて行っただけなのに」


「お詫びって、あの泥酔のことかな……」


思わず独り言が漏れる。

確かにあの日はカオスだった。でも私にとっては、嫌な思い出ではない。

むしろ、どこか楽しかった。


それに――お守りを渡したかったのだから、むしろ好都合だ。


『診療時間が終わる頃に伺いますね』


そう返信すると、胸の奥にあったもやもやが、嘘みたいに晴れた。


待ち合わせまでの時間、近くのカフェでのんびり過ごそう。

澄んだ境内の空気みたいに、心まで軽くなっていた。

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