横断歩道を渡ろうとした老婆に、いきなり掴みかかった話
日曜日の昼下がりに、徒歩で買い物に出かけたときのことだ。
スーパーへ行く途中、国道に面した十字路がある。
交通量が多いため、信号機と横断歩道も設置されている。
その横断歩道の手前に、
おばあちゃんがひとり、ぽつんと立っているのが見えた。
そのおばあちゃん以外に、あたりに人影はない。
ただ、不思議なことに――横断歩道の信号は、青だった。
なのに、おばあちゃんは渡らない。
ただ、じっと青信号を見つめている。
どうしたんだろう?
そう思いながら深く考えずに歩き、横断歩道に到着し、
おばあちゃんの隣に並んだ。
そのタイミングで、今まで青だった歩行者用信号が赤に変わった。
一拍遅れて、車道側の信号が青に変わる。
停車していたドライバーたちがアクセルを踏み、
車を発進させようとした、そのときだった。
――隣にいたおばあちゃんが、
いきなり横断歩道へ向かって歩き出したのだ。
ドライバーたちが、いっせいにブレーキを踏む音が響く。
その音で我に返り、
私はとっさにおばあちゃんの腕をつかんで引き止めた。
おばあちゃんの歩みがゆっくりだったこともあり、
すぐに立ち止まって、きょとんとした顔でこちらを見てくる。
あまりにも不思議そうな表情だったので、
自分が間違えているのかと思い、思わず歩行者用信号を見上げた。
自分と同じように、ドライバーたちも、
ものすごい形相で信号とおばあちゃんを何度も交互に見つめている。
でもやっぱり、歩行者用信号は赤だった。
ドライバーたちの顔には、ありありとこう書いてあった。
「横断歩道が青信号のときは止まってたのに、
どうして赤信号になってから渡り始めたんだ!?」
私も混乱しつつ、おばあちゃんと一緒に歩道へ戻り、思わず尋ねた。
「ど、どうしました!? 今、横断歩道は赤信号ですよ!?」
「あら、そうだったの?」
「……え?」
おばあちゃんは、ほわほわした口調で、十字路に並ぶ信号機を指さした。
「ここ、信号がいっぱいあるでしょう?」
「……そうですね???」
「だからねぇ、どの信号を見ればいいのか、よく分からないの。
いつも、目についた信号が青になったら、行ってみることにしてるのよぉ」
そ、そんなイチかバチかで渡ることある~~~!?
口調はほわほわしているのに、発想は完全にギャンブラーだった。
俺のターン、ドロー!
自身の命とドライバーの社会的生命を墓地に捧げてターンエンド!
……勘弁してくれ!
後日、この話を自治会で伝えたところ、
「そういえば、あの横断歩道、
“なぜかいつも赤信号になってから渡り始める老婆がいる”
って噂になってたな……そういうことだったのか……」
と言われた。
令和の怪談か?
その後、自治会長さんがおばあちゃんのご家族に注意喚起をしてくれたおかげで、
同じような事例は起きていないらしい。
ほっとすると同時に、運転免許の教習所で
「かもしれない運転を心がけよう!」
と散々言われていたのは、こういうことなのか……と実感した。
でも、本当の「かもしれない」というのは、
一般人が想像する「かもしれない」の範囲を、
軽々と飛び越えてくるものらしい。
自分も運転するときは、もっと注意しようと肝に銘じた出来事だった。
次の更新予定
2026年1月15日 21:00 3日ごと 21:00
【エッセイ】田舎は死体遺棄におすすめしません! イイチコタツシ @tatsushiAAA
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