俺の犠牲の上に笑っておくれ。お前達は生きているだけで素晴らしいのだから

フリーダム

第1話:皆殺しコース


 爆音が天地を裂く。

 ハーモニクス天使学園の自治区、その気高き街並みは、貴石を思わせる白亜の建築と優雅な意匠に彩られ、聖堂の回廊を歩むような気品を湛えている。だが今、その聖域は無慈悲な暴力に蹂躙されていた。


「テロリストだ!! テロリストがでたぞ!!」


 巨大な掘削重機の鉄爪が地を裂き、爆弾の炸裂が清浄な空気を引きちぎる。瓦礫の雨が降り注ぎ、かつての優美な景観は無残に砕け散る。その瓦礫の嵐の中、怯える少女がいた。


 無垢な通行人、運命の悪戯に巻き込まれた犠牲者。彼女の叫びが虚空に響く。


「あ、ああっ、誰か」


 崩落する石塊が少女を飲み込まんとする刹那、影が割って入った。白亜の翼が翻り、柔らかくも力強く少女を包み込む。命を護る聖なる障壁。


 腰に佩かれた儀式剣は騎士階級の証、背には二丁のスナイパーライフルが静かな威圧を放つ。そして何より目を奪うのは秩序を守る守護者に与えられた制服『騎士装束』。


 金色の刺繍が施されたマントと、金属のアーマーが織りなす荘厳な装いは、気品と武威の融合そのものだった。


「大丈夫か? 怪我はないな?」


 穏やかだが、どこか絶対的な響きを持つ声。少女は震えながらも答える。


「は、はい」

「良かった。なら、ここから離れて。あいつらは俺がなんとかする」

「はい!」


 ベルリオーズは翼を振るい、瓦礫を弾き飛ばす。少女が逃げるための道が生まれる。彼女は命からがら走り去った。その背を見送り、ベルリオーズの瞳は鋭さを増す。


 右肩のスナイパーライフルを手に取り、彼女は地獄を創り出した元凶に向かって声を張り上げる。


「私はベルリオーズ。君達はこちらが規定する法律を著しく逸脱している。速やかに退去してください。そうすれば罪には問わない」


 言葉が終わるや否や、銀色の髪が風に舞う。だが、彼女の言葉に耳を貸す者はいない。


 テロリストたちは、慣れ親しんだ無秩序の中で、警告など意にも介さない。資源開発の名の下、地を貪る重機を動かし続ける。


「警告終了。敵情報更新。これより排除行動に入ります」


 白亜の翼が天を衝き、ベルリオーズは高度を上げる。眼下に広がる破壊の爪痕を見据え、スナイパーライフルを構える。その姿は、まるで神罰を下す天使の如し。


「エネルギーチャージ完了……聖剣発射」


 光の剣を象ったエネルギーの弾丸が、轟音と共に放たれる。


 一閃。巨大な掘削重機は光の柱に飲み込まれ、欠片すら残さず消滅した。爆風が空気を震わせ、破壊の連鎖を断ちった。



 隔離都市の郊外、桜並木に囲まれた静かな庭園カフェ。


 春の陽光が柔らかく木漏れ日となり、白いパラソルの下に置かれたテーブルに優しい影を落としている。


 テーブルの上には繊細なティーカップと小さなケーキ皿が並び、オルレアが丁寧に紅茶を注ぐ音が静寂に響く。


「いつもの秩序の守護者の仕事お疲れさまです。先日も資源開発系のテロリストを殲滅したとか」

「ああ。俺が一番先についたから、サクッと消滅させた」

「貴方の独断専行癖は治りませんねぇ。しかもそれが最終的に最善になる形になるから性質が悪い」

「俺がやれば最善になってしまう状況のほうが悪い気はする。みんなで秩序とルールを守って頑張る、というの理解できるが、すごく苦手だ」

「協調性がないわけではないんですよね。貴方が独断専行しないと被害が大きくなる、というだけで。昔に試したチームワークは完璧でしたもんね」

「単純に、チームワークで動くより、独断専行でやってしまったほうが早いだけだ。組織としては不健全だと理解はしているがね」

「難しいですね、決戦兵器の扱いは」


 オルレアは、いつものティーパーティーで見せるような優雅な笑みを浮かべ、白いドレッシングのワンピースにレースの手袋を添えた姿で座っている。


 彼女の髪が風に揺れ、時折整った眉を軽く上げながら、目の前のベルリオーズを穏やかに見つめる。


「ベルリオーズさん、こういう時間も悪くないでしょう? たまには風紀委員のお仕事から離れて、リラックスするのも大切ですよ」


 オルレアは柔らかな声で語りかける。対するベルリオーズは、ダイナミクス地獄学園の制服の上に軽いジャケットを羽織ったまま、背もたれに少しだらしなく寄りかかっている。


 長い銀髪が肩に流れ、紫の瞳は半分眠そうに細められているが、どこかオルレアの言葉に耳を傾けている様子だった。


「めんどくさいって言いたいところだけど、まあ、悪くない」


 とぶっきらぼうに返す。彼の手元には、注文したブラックコーヒーが湯気を立てて置かれているが、まだ口をつけていない。


 テーブルの上には、オルレアが選んだストロベリーショートケーキと、ベルリオーズが「甘いものは別に」と断ったにも関わらずオルレアが「一口だけでも」と押し切って注文したチョコレートケーキが並ぶ。


 オルレアがフォークでケーキを小さく切りわける。


「ねえ、ベルリオーズさん、本当に一口だけでも食べてみてください。美味しいんですから」


 と少し強引に差し出すと、ベルリオーズは一瞬顔をしかめるが、「仕方ない」と小さくため息をついて受け取る。


 その瞬間、オルレアの顔に満足げな笑みが広がる。


(幸せそうな顔しているな)


 庭園を吹き抜ける風が二人の髪を軽く揺らし、遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。ベルリオーズはコーヒーを手に持ち、一口飲んだ。


「こういう場所、オルレアらしいな」


 ぽつりと言う。それに対してオルレアは目を細める。


「ああ、言葉が足らなかった。綺麗で、オルレアに似合うということだ。気品があると表現しても構わない」

「ベルリオーズさんが一緒なら、もっと素敵に感じますよ」と返した。


 ベルリオーズは一瞬目を逸らす。


「なんだ、それ」


 呟くが、頬がほんのり赤くなっているのを隠しきれていない。

 カフェを出た後、二人は庭園の小道を並んで歩く。

 オルレアは時折立ち止まって花の名前を教え、ベルリオーズは「へえ」と気のない返事をしながらも、ちゃんと聞いている。


「またこういう時間が持てたらいいですね」

「まあ、たまになら」


 ベルリオーズは頷いた。

 オルレアとベルリオーズは小道の端にある古びた木製のベンチに腰を下ろした。桜の花びらが風に舞い、二人の足元に静かに落ちていく。


 カフェでの穏やかなひとときを終えたばかりだが、どちらの表情にも、普段の役割からくる疲れがほのかに滲んでいる。


 オルレアは優雅に背筋を伸ばして座っているが、肩がわずかに落ち、いつもより動きが緩慢だ。


 彼女はハーモニクス天国学園の政治的な駆け引きで心身ともに消耗していた。一方のベルリオーズは、膝に肘をついて少し前屈みになり、銀髪を指で無造作にかき上げる。


 ダイナミクス地獄学園の風紀を維持する毎日は、彼女に休息という言葉を忘れさせていた。


「ベルリオーズさん、大変そうですね」


 オルレアが静かに口を開く。彼女の手は膝の上で軽く握られ、声にはいつもの気品に加えて心配の色が混じる。


「秩序の守護者のお仕事、最近特に忙しいんでしょう? 少し顔色が悪い気がします」


 ベルリオーズは一瞬目を細めてオルレアを見る。


「オルレアだって疲れてるだろう?」


 彼の視線は鋭いが、そこには隠しきれない気遣いが宿っている。


「ハーモニクス天国学園のあれこれで、休む暇もないのは理解できるさ。紅茶ばっかり飲んで誤魔化してるみたいだけど」


 オルレアは小さく笑い、首を振る。


「さすがベルリオーズさん、私のことよく見てますね。でも、そうですね……最近は少しばかり忙しくて。紅茶がなければ倒れてたかもしれません」

「オルレアとって、紅茶はエネルギー補給アイテムか」

「まさに」


 オルレアは冗談めかして言うが、目の下に薄く浮かぶクマがその言葉を裏付けていた。


 ベルリオーズは「ふん」と鼻を鳴らし、ジャケットのポケットから小さなチョコレートバーを取り出す。


「これ、さっきのカフェで買ったやつだ。甘いもの嫌いじゃないなら、食べてみるのも一つの手だろう。疲れてるなら少しはマシになる。栄養価もそうだが、疲れを無効化する仕組みがある」


 そう言ってオルレアに差し出すと、彼女は驚いたように目を丸くする。


「ありがとう、ベルリオーズさん。優しいですね」

「ああ、俺は優しくあることをこころがけてるよ」


 オルレアはチョコを受け取り、包装を丁寧に開けて一口かじる。


「ベルリオーズさんも何か食べてください。コーヒーだけじゃ足りませんよ。私、実はクッキーも持ってるんです」


 彼女は小さなポーチから手作りのクッキーを取り出し、ベルリオーズに勧める。ベルリオーズは一瞬渋い顔をしたが、静かにつまんで口に運ぶ。


 少し硬めのクッキーを噛む音が静かな庭園に響き、彼女の表情がわずかに和らぐ。


「甘いものは好きだ。太るから食べないが、凄く美味しいと思う」

「ベルリオーズさんにそう言ってもらえると嬉しいです」


 オルレアは微笑み、二人はしばらく無言で互いの差し入れを味わう。お互いを労るささやかなやりとりが、疲れた心に小さな灯をともしていく。やがて、オルレアが遠くの空を見ながらぽつりと呟く。


「そういえば、平和統治条約グローバルコーテックスの話……最近また動きがあるみたいですね。ハーモニクス天国学園でもダイナミクス地獄学園でも、みんなその影響を受けてる気がします」


 ベルリオーズはクッキーを噛み砕きながら飲み込む。


「ああ、あの平和条約。確かに、ダイナミクス地獄学園もそれで少し落ち着いてる……いや、逆に面倒が増えただけかもしれないが。ダイナミクス地獄学園じゃ条約なんて名ばかりで、結局揉め事が減らない」


 彼の声には苛立ちと諦めが混じる。オルレアは首を振る。


「ハーモニクス天国学園も似たようなものですよ。表向きは平和を掲げてますけど、裏では派閥同士の足の引っ張り合いが絶えなくて……平和統治条約グローバルコーテックスって、本当に私たちに平和をもたらしてくれるのか、時々わからなくなります」


 ベルリオーズはベンチに凭れ直し、目を閉じる。


「平和なんて、誰かが頑張って維持するもんじゃないと無理だろうがね。条約だろうが何だろうが、結局は自分たちでなんとかするしかない。めんどくさいけど、やれる人がやるしか無い」

「そうですね……ベルリオーズさんの言う通りです」


 オルレアはベルリオーズの横顔を見つめ、そっと言う。


「でも、こうやってベルリオーズさんと一緒にいると、少しだけその『めんどくさい』を忘れられる気がします。平和って、案外こういう瞬間なのかもしれませんね」


 ベルリオーズは目を開け、オルレアをちらりと見てから視線を逸らす。


「いい表現だ。俺もそう思う。こちらは暴力ばかりの荒れた学園だからな。こうやって上品を知るオルレアのエスコートのデートは良い気分転換になる。本当に」


 口元がわずかに緩む。彼女の手がオルレアの手にそっと触れどちらともなく指を絡ませる。


 夕陽の下、二人の間に流れる静かな時間は、平和統治条約グローバルコーテックスがもたらすものとは違う、確かにそこにある平和だった。


「じゃあ今日はありがとう。楽しかった」

「はい、また。調印式で会いましょう」


 平和統治条約グローバルコーテックスの調印式当日。


 隔離都市の中心に位置する巨大な講堂は、ハーモニクス天国学園とダイナミクス地獄学園の代表者たちで埋め尽くされていた。


 これは天国と地獄を標榜する二つの学園が手を取り合う平和条約なのだ。


 オルレアは条約の天使代表として壇上に立ち、白いドレスに身を包み、穏やかな笑みを浮かべて条約の意義を語っていた。


 ベルリオーズは秩序の守護者の制服姿で壇下の警備を睨みつけ、いつものように「めんどくさい」と呟きながらも任務に徹していた。


 その瞬間、空が裂けたような轟音が響き渡った。誰もが顔を上げる間もなく、炎の砲丸が次々と講堂に着弾。爆発の衝撃で天井が崩れ落ち、ガラスが飛び散り、会場は一瞬にして火の海と化した。


「……何だ、この騒ぎは」


 煙の中を見回すベルリオーズ。だが、次の瞬間、彼女の瞳が凍りついた。オルレアがいたはずの壇上は崩壊し、燃え盛る瓦礫の下に彼女の姿があった。


 白いドレスは血と煤で汚れ、髪が炎に舐められ焦げ臭い煙を上げている。オルレアの腕は不自然に曲がり、胸元から血が滲み出ていた。


 彼女は微かに息をしていたが、意識は遠のいているようだった。


「オルレア!」


 ベルリオーズの声が掠れ、彼女は瓦礫を掻き分けて駆け寄る。炎が熱く肌を炙るが、そんなことは気にも留めない。彼女はオルレアのそばに膝をつき、震える手で彼女の顔を支える。


「しっかりしろ! こんなところで……死ぬなんて許さないぞ!」


 ベルリオーズの声には怒りと焦りが混じり、普段の冷静さを失っていた。オルレアの瞼がわずかに動き、かすれた声が漏れる。


「ベルリオーズ…さん…ごめん、なさ……」


 彼女の手がベルリオーズの腕に触れようとするが、力なく落ちる。ベルリオーズは歯を食いしばり、オルレアを抱き上げようと瓦礫を必死にどかす。だが、その時、新たな足音が煙の向こうから近づいてきた。


「生存者を発見、抹殺する」


 その言葉を聞いて、相手はテロリストだと判断できた。ベルリオーズからエネルギーが溢れ出る


「愛と平和の礎にしてやる。皆殺しコースだぜ、この野郎」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

俺の犠牲の上に笑っておくれ。お前達は生きているだけで素晴らしいのだから フリーダム @hsshsbshsb

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画