第5話


 修繕道具の置かれた物置きは中層甲板にあった。甲板から舵棒のあるブリッジに入り、そこから階段を下りて中層甲板に入る。その狭い通路を渡り、突き当りを左――つまり食堂の真向かいにある部屋が、船の物置きだった。


 エドは物置きから道具一式を持ち出すと、来た道を引き返した。食堂から、ふてくされたオレガリオの声と、茶々を入れるアビゲイルの声が聞こえてくる。

 前方に見える階段には、舵棒を通した小さな窓があり、そこから爽やかな正午の海が覗いていた。涼しい潮風がエドの髪を撫でる。塩辛い匂いが強みを増してきたとき、ブリッジへとつながる階段から一人の青年が現れた。


「お疲れ様です、エスキベル船長」

「ああ、クレメンテか」


 年はおおよそエドと同じくらい。緩やかに伸びた栗毛を緑のリボンで結んだ、線の細い青年だった。かけている眼鏡のせいか、それとも柔らかく整った顔立ちのせいか、どことなく上品な印象を覚える彼は、クーロとララと同じく最近船乗りに志願した男性だった。


「私を探していたのか?」

「いいえ。少し休憩をと思いまして」

「かれこれ五日になるな。船乗りの勘は思い出してきたか?」

「ええ。身体が覚えていたみたいです。……それにしても、変わった船ですね。一般的なカスティーリャの商船で、まさか女性用キャビンまで設けてあるとは」

「ああ。あれは急場しのぎに作った部屋なんだ。砲台が置かれている部屋だから寝心地はよくないかもしれないが、そこしか空きがなくて」

「なるほど、簡易的に作られた部屋なんですね。……ところで」


 と、クレメンテは僅かに詰め寄りながら尋ねた。


「エメリナさん達は漂流していたと聞いたのですが……」

「ああ」

「それって、いつ頃のことでしょうか?」


 エドはしばし考えを巡らせた。エメリナ達親子と出会ったのは夜の海でのことだった。『助けてくれ!』と、小舟の上のオレガリオがひときわ大きな声で叫んでいたのだ。


「確か……三週間ほど前だったと思う」

「となると……九月の二十日頃、でしょうか?」


 正確な日にちが気になって、エドは階段のすぐ左手にある船長室に入った。ドアの真正面にある机から日誌を一冊取り出しページを捲る。


「いや、十六日の夜だ。ネーデルランドを発った二日目の夜に、漂流しているところを見つけたんだ」

「船長には恩がある、とエメリナさんが仰ってましたが、そういうことだったんですね」

「今では私の方が助けられているんだ。エメリナは真面目に働くいい子だし、母親のアビゲイルも料理の腕がいい。オレガリオは……不真面目なのが玉に瑕だが、帆船作業となると二人分の仕事をこなしてくれる。船仕事の経験があるようだからとても助かっている」


 クレメンテは思案するように顎に手を置いた。先ほどまでの和やかな雰囲気から一転、今は真剣な顔を浮かべている。


「……どうかしたか?」


 クレメンテは閉まりかけの船長室のドアを見つめ、そっと耳を澄ませた。食堂からはオレガリオとアビゲイルの声。それ以外はさざ波の音だけだ。


「実は、お話ししなければならないことがあるんです」


 クレメンテの声色が変わる。


「私がこの船に乗ったのは船乗りとして働きたかったからじゃありません。ある調査がしたかったからなんです」

「『調査』……?」

「はい。嘘をついて申し訳ありません……。私はジェーン海軍に所属する、クレメンテ・ベルモンテと言います。部隊の隊長として、単独ではありますが事件の犯人を追っていました」


 『犯人』という言葉に、不穏なものを感じた気がした。

 クレメンテは丸い眼鏡の奥で、鋭く目を細めた。


「そして、その事件の犯人として……オレガリオを告発しようと考えているのです」


 ハッと息を呑む音が、さざ波に紛れて聞こえた。だがそれは、エドのものではない。

 エドは日誌を置いて、クレメンテの隣から廊下を覗き込んだ。そこには、驚いて身体を硬直させたクーロがいた。


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