第4話 霜降りは正義

ホームに戻ると、

空気が少しだけ軽くなる。


ダンジョンの湿った匂いも、

金属音も、

ざわついた声もない。


「……やっぱここだな」


ここは俺のホームだ。


木造の小屋。

広すぎず、狭すぎず。

無駄な装飾もない。


炉と作業台と、

簡易だけど十分な調理スペース。


「おにい、早く!」


くるくると回りながら駆け出していく。

子犬か、と苦笑する。


「はいはい。

 足元見ろよ、転ぶぞ」


庭――というほど立派じゃないが、

焚き火用に整えた空き地。


「霜降り!」


アイテムボックスから肉を出した瞬間、

ルナの目が輝く。


「わかりやすい反応だな」

「霜降りは正義!」


両手を上げて跳ねる。


「どうどう。

 肉は逃げないから」


火を起こす。


この作業もサポートを使わない。

自分でやるほうが早いし、

なにより楽しい。

少しずつ大きくなっていく火を眺めるのは楽しい。


「火はな、

 ちょっと機嫌を取ってやるくらいがちょうどいい」


「むずかしい」


「感覚だ、感覚。

 そのうちわかる」


薪が鳴る。


パチパチ。


「おにい、今日は焼きすぎないでね」


「わかってる。

 前のは事故だ」


「黒かった」


恨めし気につぶやく。

マニュアルだと一瞬の気のゆるみが失敗につながる。


「……あれは炭化って言うんだ」


「苦かった」


「……喰ったのか」


さすがに捨てたと思っていた。

なんという肉への執念。


アイテムボックスから霜降りマンガ肉を取り出す。


厚切りの霜降り肉を火にかける。


じゅっ。


肉の脂が薪に滴り落ち、周囲に香りが広がる。

近所のNPCが匂いにつられて来てもおかしくない。


「ほら、いい匂いだろ」

「最高! 早く食べたい!」


ルナが顔を近づける。


「近い。

 熱いぞ」


「だいじょうぶ」


全然大丈夫そうじゃない。


「ほんと、学習しないな」


火傷したどうするんだ。

ポーションで治るとしても、許容できない。


焼き色を見る。


「今だ」


火から外す。


「よし。

 大成功だ」


「職人みたい」


調合も採取も、失敗してもやり直せる。

でも肉は違う。

一瞬で終わる。


「だろ。

 肉は裏切らない」


食べやすいよう肉をそぎ切りにする。

外側は香ばしく焼き上がり、内側はつややかなピンク色だ。

焚き火でこんな肉を焼ける俺は、王都の料理人より上だな。


皿に分けて渡す。


「ほら、食え」


「いただきます!」


一口。


……時間が止まる。


「……どうだ」


「……おいしい」


目がシイタケだった。

よほど美味いらしい。


「それはよかった、どんどん喰え」


二口目。

三口目。


無言。


「おい、ちゃんと噛めよ、のどを詰まらせるぞ」


「うん」


素直か。


「どれ、俺も食うか」


大きな塊を切り出し、かぶりつく。


「美味い!

 さすがレアドロップだな」


「また取りに行こうね」


「ああ」


「明日」


「……牛肉はしばらく先だな」


デイリーダンジョンのルーティンからすると一週間、ぐらいか。

いや、次は野菜系の可能性もある。

期待させすぎるのはよくない。


「じゃぁ、なるはや」


いつそんな言葉を覚えた。

嫌な記憶を思い出させる四文字の単語に、言葉が詰まる。


「わかった、わかった」


「約束」


小さな指が突き出される。


「ああ」


小さな指に指をひっかけ、あいまいな約束を交わす。

まぁ、日課なので忘れたりすることはあり得ないのだが。


今日も一日、終わった。


「ごちそうさまでした」


「おう。

 よく食ったな」


こういうのをスローライフというのだろうか。

ダンジョンに潜り、肉を焼いて喰う。

腹がいっぱいになれば、横になって空を見上げる。

派手なイベントも、手ごわい敵との死闘もない。


「でも――」


ルナを見る。


「こういうのは嫌いじゃない」


「うん!」


それでいい。


俺のVR生活は、

今日も順調だ。


「こういうのでいいんだよ、こういうので」


普通は、

ちゃんと守れるやつが一番強い。

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2026年1月15日 07:00

ログアウト不能?元VR廃人なので問題ありません。 一月三日 五郎 @goro135

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