第3話 今日は、そういう日らしい

ダンジョンに入って、

少し進んだところで足が止まりそうになった。


俺の足じゃない。

前が、詰まっている。


通路の中央に、人が固まっていた。


前に進もうとした姿勢のまま。

誰も倒れていない。

でも、誰も動いていない。


動画の途中で、

切り取られたみたいな光景だった。


「……あ?」


誰かが、間の抜けた声を漏らす。


「ちょっと待て」

「体、変じゃないか?」

「なんで、動かない?」


声が通路に反響する。

天井が低く、音が逃げない。


金属の鎧がこすれる音。

床に落ちた松明が、じじ、と鳴る音。


剣士が、腕に力を入れ直そうとして止まる。

魔法使いが、杖を構えたまま固まっている。

回復役らしい女が、片膝をついたまま動けない。


「おかしい……」

「いつもなら……」


言葉の続きは出てこない。


人と人の間隔は狭い。

肩が触れそうで、触れない距離。


通路の壁には、

青白い苔がところどころ張り付いている。

淡く光って、人影が歪んで見える。


「おにい」


ルナが、小さく呼んだ。


俺の少し後ろ。

服の裾をつまんでいる。


「みんな、止まってる」


「そうだな」


それだけだ。


誰かが、声を荒げる。


「無理だって!」

「サポートがきかない!」

「どうすればいいんだよ!」


盾役の男が、

前に出ようとして動けず、歯を食いしばる。


「動け……っ」

「くそ……!」


足は、床から離れない。


俺は横にずれる。


盾と盾の間。

肩と肩の間。


通れる隙間がある。


そこを抜ける。


「ちょ、待て!」

「お前、どうやって――」


声が背中に飛んでくる。


聞こえたが、足は止めない。


通路は少し折れている。

段差が一つ。


俺はそのまま越える。


「おにい、来るよ」


ルナが言った。


声は小さい。

でも、迷いがない。


通路の奥から、

重たい足音が近づいてくる。


ドスン。

ドスン。


床が、わずかに揺れる。


牛型のモンスターだ。


角が壁に擦れて、

石が削れる音がする。


鼻息が荒い。


「来るな!」

「待て、待て!」

「おい、魔法だ!」


声だけが飛ぶ。


誰も動かない。

パニック状態だな。


意に介さず、俺はすたすたと歩く。


アイテムボックスから剣を取り出し、

距離を詰める。


足元の石を踏み、

体勢を少しだけ変える。


首の位置。

レアドロップを狙うなら、一撃で仕留めなければならない。


「一閃。」


技名をつぶやくとともに剣を振り切る。


次の瞬間、

そこにはもう何も立っていなかった。


【マンガ肉×2】

【霜降りマンガ肉×1】


よし。

ルナの好物GETだ。


「……は?」


空気が、変わる。


「今の……倒した?」

「見えたやつ、いるか?」

「なんか聞いたことないスキル名言ってた?」


どうやら、声だけは聞こえていたらしい。

すまん、技名は適当に言っただけなんだ。


誰も答えない。


さっきまでモンスターがいた場所を、

遠巻きに見ているだけだ。


床には、

砕けた石と、

わずかな削り跡。


血も、音も、

何も残っていない。


「動けないのに、戦闘とか無理だろ……」

「こんなの、想定外だ……」


通路の奥で、

誰かが座り込んだ。


兜の中で、

荒い呼吸音が響いている。


「戻るか……?」

「戻っても、同じだろ……」


声が、だんだん小さくなる。


「おにい」


ルナが袖を引く。


「お肉、取れたね」


「おお、そうだ。霜降りがあったぞ、霜降り。」


「やった、霜降り大好き」


ルナのはにかむ顔に足取りも軽くなる。

よし、この調子でがんがん肉を狩るのだ。


後ろでは、

まだ声がしている。


「体が重い……」

「動けない……」

「誰か……」


次第に、聞こえなくなる。


さっさとマニュアルに切り替えればいいのに。

そんなに嫌なのか?

きっと車もオートマだな。

まぁ、俺には関係ないか。


俺は進む。

ルナがついてくる。


ダンジョンは、まだまだ続いている。


今夜も宴だ。

肉を焼こう。


今日も、

俺のVR生活は順調だ。

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