第2話
アンナは背中にイブリースをくっつけたまま、重い足取りで帰路に着いた。幸い、霊体の悪魔は物理的には重くないし、他の人には姿は見えないようで、アンナが悪魔憑きだとはバレていない。
悪魔憑きはいつ悪魔に身体を乗っ取られて暴れ出すかもわからない危険な存在で、差別されていた。
下級の悪魔に取り憑かれたくらいなら病院に通って治療できるが、上級の悪魔に取り憑かれると治療は困難で、魔法少女によって拘束され、最悪処刑される。
家族に打ち明けるべきなのか、隠したままにするべきか、病院に相談するべきか、決めあぐねていた。だって、差別されたり、殺されるかもしれないからだ。
重度の悪魔憑きにある選択肢は、悪魔に殺されるか、魔法少女に処刑されるかの二択だけだ。
しかし、答えの出ないうちに家に着いてしまった。
アンナの家はアーケード街のスナックの二階にあった。一階のスナックは母が経営している。
静かに扉を開けてお店に入ると、数人の客がカウンター席で酒を飲んでいた。着物を着た母がアンナに気がつく。
「おかえりアンナ」
「……ただいま」
煙草と酒の匂いが嫌で、そそくさと通り過ぎようとすると、母が声をかけてきた。
「アンナ、バイトするのはいいけど、将来どうするつもりなの? 定時制でいいから、出ておきなさいよ」
定時制高校のパンフレットを渡してくる。
一学期の間学校に行っていなかったアンナは九月で退学になる。母は心配してくれているのだろうが、アンナにとっては、先のことを考えるのは苦痛だった。
何も言えず、逃げるように二階に上がった。
カーテンのパーテーションで区切られただけの小さな自室で一人うずくまる。
「……マーテル様……マーテル様」
心が壊れないように頭の中に推しを思い浮かべて、抱きしめてもらう妄想をして現実逃避する。
不登校で、未来は真っ暗なのに、悪魔にも取り憑かれてしまい、どうしたらいいかわからなかった。
するとイブリースが隣に現れ、耳元で囁いた。
「そんなにマーテルが好きなら、魔法少女になっちゃおうよ」
「無理だよ。魔法少女になれるのは神様に選ばれた子だけだもん。わたしみたいな心の弱いやつはなれない」
聞いて、悪魔は口を三日月型に引き攣らせて微笑んだ。アンナの心の奥底に沈んでいた望みを暴いたからだ。
「やっぱり。アンナちゃんは魔法少女になりたいんだ」
その通りだ。アンナは魔法少女になって、マーテルと一緒に戦いたかった。それがずっと押し込めていた願いだった。
「私ならアンナちゃんを魔法少女にしてあげられるよ。マーテルよりもずっと強い魔法少女に」
悪魔の囁きに心が引っ張られる。誘惑と欲望にに身を委ねてしまいたくなる。
しかし、アンナは首を振った。
「だめ。魔法少女は悪魔を倒すために戦っているんだから、悪魔の誘惑に負けて魔法少女になるのは違う」
アンナは悪魔の誘惑を撥ね除けた。心は弱っていても、信念だけは絶対に曲げられなかった。
「気が変わったら言ってね」
フラれたのに関わらず、嬉しそうに笑いながらイブリースはその姿を消した。
◇
後日、アンナは悪魔に取り憑かれたことを誰にも言い出せないまま、病院の売店でバイトしていた。
頭の中は、悪魔憑きになったことを他人に明かすかどうかでいっぱいだ。
もし、病院に相談するとしよう。イブリースの悪魔憑きなら対応するのは確実にマーテルだ。マーテルにこの苦しい人生を終わらせてもらえるのなら、殺されるのも悪くないと思った。
今は大丈夫でも、悪魔憑きが進行した後で、魔法少女たちに迷惑をかけるのも嫌だ。
悩んだ末、アンナはこの病院の
「わたし、マーテル様に殺されることにした」
決意を告げるとイブはびっくりして縋りついてきた。
「えぇ!? ダメだよアンナちゃん、命は大事にして! 悩みがあるなら聞くし、願いがあるなら私が叶えてあげるから、ね?」
悩みの種本人が説得してくるが、悪魔の言は信用できない。
イブを振り切って早速祓魔科に行こうと、立ち上がった、その時だった。
一瞬、視界にノイズが走った。電気が消えたわけでもないのに、さっきよりも空間が暗くなる。まるで心臓を握られているかのような強い緊張感に吐き気がした。
「イブ、何かした?」
訝しんで質問すると、イブも驚いていた。困り顔で説明してくれる。
「これは悪魔の結界だよ。中にいる人を閉じ込めて、外から人を入れなくする魔法。もちろん、私がやったわけじゃないからね」
本当だとするなら、この病院に悪魔が現れたということだ。
それが真実であることを証明するかのように、外来のあるA棟から人々の悲鳴や騒ぎ声が聞こえてきた。
気がつくとアンナはA棟の方に走り出していた。霊体のイブが背中を引っ張って止めようとする。
「何してるの、危ないよ! 隠れてようよ!」
イブの制止を振り切る。自分でも何故こんなことをしているのかわからない。ただ、行かないといけない気がした。
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