魔法少女(推し)に殺されたいオタク、悪魔(ヤンデレ美少女)と契約して魔法少女になってしまう。闇堕ちしたら殺してもらう約束を交わしたので、それまで魔法少女を頑張ります

雲湖淵虚無蔵

第1話


 静かで薄暗い、昼下がりの病院のロビー。その端にある小さな売店で、丸椅子に腰掛けた少女が舟を漕いでいた。


 大野木おおのぎアンナ。高校に行っていない十六歳。三つ編みおさげ髪の地味な少女だ。


 売店は暇で、店員はアンナ一人。外来のあるA棟から離れたC棟の一階にあるから、お客はたまに来る病院関係者くらいだった。


 やることがなくてうたた寝していると、ロビーのテレビから聞こえてくる『魔法少女』という声で目が覚めた。


 テレビに映っていたのは、ドレスを着て武器を持った女の子──『魔法少女』だ。異形の怪物──『悪魔』と戦っている。


 その映像はアニメではなく、現実の光景だった。テレビ局のカメラがリアルタイムで現場から中継している映像だ。


 悪魔は人に取り憑いて悪さをする怪物で、中には実体を得て人に危害を加えるものも存在した。その悪魔を倒すために戦っているのが『魔法少女』だった。


 アンナはロビーのソファに座るとテレビに釘付けになり、ヴェールの魔法少女に声援を送った。


「がんばれ、マーテル様!」


 アンナが応援している魔法少女は『マギア・マーテル』。修道服をベースにしたドレスを見に纏い、白銀の剣を振るう、かつて世界を救った最強の魔法少女だ。

 おさげにした亜麻色の髪と儚げな垂れ目の大人っぽい美人で、アンナの憧れだった。


 聞こえるはずもない声援に応えるように、マーテルは不敵に笑って白銀の剣を振り下ろした。その一撃で悪魔は真っ二つになり、爆発する。


「やった、倒した!」


 静かなロビーに自分の声が響いて、慌てて口を塞いだ。つい推し・・のことになると取り乱してしまう。


 おさげ髪もおそろいだし、スマホの待ち受けもマーテルだし、今日の服装もマーテルの魔法少女衣装をイメージした白いフリルのスカートの概念コーデだ。


「はぁ〜、やっぱりマーテル様最高」


 推しの活躍の余韻に浸りながら、売店に戻った。


 マーテルはアンナの生きがいだった。

 アンナは人と接するのが苦手で、高校に入ってすぐ不登校になってしまい、家に引きこもっていた。そんな時にマーテルにハマり、持ち直した。マリアとは命そのものだ。


 ◇


 バイトが終わり、アンナは夕焼けの道を一人歩いて帰っていた。

 ふと、森の中にある神社の鳥居が目につく。周囲に人はおらず、ひぐらしの鳴き声だけが響いていた。

 

『──助けて』


 聴覚ではなく、心が小さな声を拾った。同時に背筋に蛇が這い回るような違和感を覚える。


 絶対に行ってはならないと、本能が告げる。しかしアンナは無意識のうちに鳥居をくぐっていた。誰かが助けを求めているのに見捨てたら、マーテルのファン失格だ。


 本殿の前に怪我をした小さい黒猫が倒れている。その黒猫は魔法少女をサポートする小さな動物によく似ていた。あの動物たちは魔法少女が契約している神や天使の化身らしい。


「大丈夫ですか?」


 どうしていいかわからずアンナは声をかけることしかできない。


『魔力がなくなって動けないの』


 アンナの心の中に直接声が聞こえた。

 魔力とは魔法少女や悪魔が使う魔法に必要なエネルギーのことだ。一般人も魔力を持っているが、魔法を使えないため、無用の長物だった。


「私の魔力をあげるよ」


 手を差し出すと、黒猫は驚いて、アンナのことをマジマジと見てきた。感動しているのか泣いている。


 猫と手が触れ合う。するとアンナの手が仄かに発光し、猫の体も光に包まれた。


 眩しさで瞑った目を開けると、目の前に彼岸花模様の着物を着た黒髪の美少女が立っていた。


「ありがとう、アンナちゃん」


 涙を流しながら、少女は感謝してきた。それに、教えていないのに何故かアンナの名前を知っていた。


「……な、何で、わたしの名前」


 少女は戸惑っているアンナの手を再度掴み、頬を赤らめる。


「私はイブリース。悪魔だよ」


「へ?」


 戸惑いは絶望に変わる。助けたのは神の化身ではなく悪魔だったのだ。しかもイブリースはかつて世界を滅ぼそうとした最強の悪魔だ。マギア・マーテルによって倒され、行方不明になっていた。

 アンナはその悪魔に魔力を与えて復活させてしまった。


「……い、イブリース?」


 恐怖で震えながら後退るが、イブリースはぐいっと距離を詰めてくる。


「イブって呼んで欲しいな〜」


 何故か目の前の悪魔からは悪意や殺気は感じられない。それどころか、頬を赤くしながらアンナのことを愛おしそうに眺めている。


「助けてくれたお礼に、なんでも願いを叶えてあげる」


 赤い瞳の奥をハートにして、語尾にハートマークが付いていそうな口調で縋りついてくる。アンナは悪魔に気に入られてしまったのだ。


「うぅ、困ります。突然そんなこと言われても」


 願いなんてすぐには思いつかないし、そもそも悪魔に願いを叶えてもらうなんて、恐ろしくてできない。悪魔と取引すると、最後には肉体と魂を奪われて死んでしまうらしい。


「じゃあ、私は取り憑いてるから、お願いが決まったら教えてね」


 などと言って背中にピッタリとくっついてきた。


「ひぇ〜!?」


 こうしてアンナは最強の悪魔イブリースに取り憑かれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る