6.最後の日
最後に意識が切り替わったのは、
高校最後のあの日だった。
校内は卒業式特有のざわめきに包まれていた。
写真を撮る声、笑い声、名前を呼び合う声。
どれも懐かしくて、どれも変わっていない。
人の流れの向こうに、陽菜がいた。
隣には、別クラスのなんとなく見覚えがある爽やかな男子。
肩が近くて、距離が近くて、
自然に笑い合っている。
少しだけ、陽菜と目線が合う。
けれど、すぐにその目線は逸らされた。
——ああ。
胸の奥で、答え合わせが終わる。
わかっていた。
知っていた。
それでも、何度見ても少しだけ息が詰まる。
何も変わっていない光景。
高校三年の最後の日。
陽菜には、ちゃんと隣に立つ誰かがいる。
そして自分は、離れた場所からそれを見る側。
——なんで、またここに来たんだ。
答えは出ないまま、時間だけが進む。
部活仲間と、
クラスの友達と、
知っている顔、知っている別れの言葉を交わす。
「またな」
「元気でな」
全部、前にも言った気がする。
夕方。
いつものバス停。
いつもの帰り道。
またあの時のように雪が降ってきた。
陽菜は、数歩前を歩いている。
距離も、角度も、記憶とまったく同じ。
何も変わらない最後の帰り道。
胸の奥に残っていた“役目”みたいなものを思い出す。
——もう一度だけ。
声をかけようと、息を吸った、その瞬間。
陽菜が、ふいに立ち止まって振り返った。
「やっと来たか、おじさん」
驚くほど、あっさりした声だった。
どうやら気が付かれていたらしい。
浅井は一瞬目を見開いてから、苦笑する。
「……お待たせしました」
陽菜は肩をすくめる。
「なんとなく、今日はそんな気してた」
雪が、二人の間に落ちる。
余計な説明はしない。
「じゃあ」
一拍置いて、
「忘れるなよ。あのこと」
主語も言わない。
「あー……」
陽菜は、少しだけ目を細めてから言った。
「うん、ぜんぜん信じてないけどね」
それから、ふっと笑う。
「涼ちゃんはさ……」
少しだけ間を挟んで続ける。
「さっさと私のこと忘れちゃいなよ」
その言葉に、胸の奥が軽く叩かれる。
浅井は一瞬固まってから、思わず笑った。
「……なんだよ、それ」
「ふふふ」
二人は、少しだけ見つめ合う。
雪。
街灯。
白い息。
「じゃあ」
「また」
それは、二十年後を指した願いだったかもしれない。
そのまま、陽菜は角を曲がる。
俺は、その反対の道を行く。
振り返らない。
追いかけない。
ただ、帰る場所が違った。
けれど——
あの時とは、ほんの少し違う結末。
彼女はきっと、忘れない。
そして俺も、振り返らない。
雪を踏む音が、静かに遠ざかる。
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