5.十八歳のある日
高校三年のある日の放課後。
”十八歳”の浅井は、体育館から校門へ向かう道を歩いていた。
特別なことは、何も考えていなかった。
ただ、いつも通りの部活終わりに部室へ戻る途中のこと。
植え込みの影で、足が止まる。
聞き覚えのある声。
陽菜だった。
隣クラスの男子と向き合って、困ったように笑っている。
距離はあったはずなのに、やけに近く見えた。
声は、出なかった。
出そうとも、思わなかった。
そのまま、視線を切る。
見なかったことにして、歩き出す。
⸻その日の帰り道。
あのバス停。
神社の前の道。
前を歩く陽菜は、何も言わない。
浅井も、何も言わない。
沈黙のまま、少し歩いたところで、
陽菜が足を緩める。
「ねえ」
声だけが、近づく。
「もしさ」
「私が誰かと付き合うってなったら、どう思う?」
陽菜は振り返らず問う。
さっき見た光景が、頭の奥に残っている。
答えを探そうとして、やめた。
「……いんじゃない?」
声は、自分のものじゃないみたいだった。
「なんで?」
理由なんて、なかった。
あっても、言葉にならなかった。
前を見る。
一拍。
「……やっぱ、過去形か」
小さく、独り言みたいに。
「……え?」
その言葉の意味はこの浅井にはわからない。
「ごめんね、変なこと聞いて」
陽菜はそれ以上何も言わず、また歩き出す。
少しだけ、また距離が開く。
⸻翌日。
教室のざわめきの中。
「ねえ、聞いた?」
「陽菜、大岩くんと付き合ったんだって」
言葉が、耳に残る。
ノートに視線を落とす。
文字は、頭に入らない。
何も失っていないはずなのに、
胸の奥だけが、少しだけ空いた。
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