第2話:笛の音を作る

 同じクラスのあいつが気に食わなかった。


 親はそこそこ金持ちで、いっつも女子からちやほやされるくらいに顔もいい。あまり勉強してないくせに成績がいいのもむかつくし、運動神経までいいなんてどうなっているんだろうか。大した努力もしてないのに、運だけはいいのだろう。きっとそういう、俺とは真逆のタイプ。


 俺は必死に勉強してるし、筋トレだってしている。親の稼ぎは一般的だから、アルバイトをして遊ぶお金を稼いでいる。問題だって起こさないし、誰にも迷惑をかけずに生きてきた自負もあるが、評価されるのはきらきら輝くあいつばかりだ。問題を起こしても謝れば許される、明るくリーダーシップのある生徒。それがあいつ。それに対して俺の評価は、優しい子。自分で言って悲しくなるくらいに、俺は誰からも見られていなかった。


 何かきっかけがあって嫌いになったわけじゃない。というよりは、事の始まりが正確に思い出せない。俺が必死にためたお金でゲーム機を買っていた時に、あいつは誕生日プレゼントとして、親から買い与えられていたことに違和感を覚えたとか、そんなことが始まりだっただろうか。


 一度気になると、どうも目についてしまうようで、いつの間にか俺は、あいつと自分を比較する癖がついていた。初めはただ、勝手に比べて、一人でショックを受けているだけだった。それなのにあいつは、そんな俺にアドバイスをするようになったのだ。言われなくたって俺はやれるのに、わざわざ介入してくるなんて、俺を馬鹿にしているからに決まっている。


 恵まれた人間の優しさを演出するために俺を利用するな。そんな思いが、日に日に積もっていった。



 ◆ ◆ ◆



 何気なくSNSを眺めていると、興味深い内容の投稿が流れてきた。

 とある学校の、いじめの様子を拡散する投稿だ。


 非常に生々しい、暴力の様子が映し出されているその動画には、多くのコメントが寄せられていた。 「いじめられっ子の人生を終わらせろ」そんな内容のコメントであふれていた。


 その動画は、日々、爆発的な拡散力を見せ、次第にその動画以外のいじめも取り上げられるようになっていった。


 いじめっ子という、共通の敵を見つけたものが我先にと群がり、正義の集団を作り上げている。きっとこの集団に属している人たちは、自分が正しいと信じて疑っていないのだろう。そういうやつらが、好きだった。


 俺はその日から、クラスのとある女子に、よく話しかけるようになった。



 ◆ ◆ ◆


 

 いじめの騒動があってから、二カ月。まだその炎は衰えを知らない。それだけ乾いた薪が、世の中には転がっていたのだろう。


 準備を整えた俺は、満を持していじめ騒動の発端となったアカウント主に連絡を取る。ダイレクトメッセージ機能では、写真や動画もある程度の容量までは送れることが分かったので、この二カ月の間に撮りためた写真を送信した。体中にあざのある俺の写真と、暴力を受けた日のことを詳細に記録した日記。


 涙ながらの訴えと共に送り付けたその写真は、連絡を取った暴露系アカウントを通して、瞬く間に拡散された。

 かわいそうな俺と、ひどい、という物語に、飢えた獣の視線が向けられたのだ。

 

 この二か月間、いや、もっと前から傷ついていた心が、多くの肯定者のおかげで、だんだんと癒されていくのを感じた。どれだけ頑張っても追いつけなかったあいつを、初めて追い越した瞬間。あいつよりも俺が優れている唯一の才能が、そのたった一本の矛があいつをうがったのだ。


 演じる才能。


 俺は生まれて初めて自分のことを天才だと思った。

 本来持ちえなかった音を、自分で作り上げることができる。笛を吹けば、あとは勝手に動き始める。


 ――なんていい世の中になったのだろうか。


 今ではあいつの名前も顔も住所も、すべて特定されて袋叩きにあっている。しかも無実の罪でだ。


 でも俺は悪くない。

 あいつの情報を直接的に出したことは一回もないのだから。


 体の写真を撮るときに、制服が映りこんでしまったことはたまたまだ。

 日記の写真を撮るときに、配布された学級通信が映ってしまったのもたまたまだ。

 唯一いじめられていることを相談していた女子。彼女は両親と仲が良く、何でも話すいい子だった、というのもたまたまだ。


 誰にも頼んでいないのに、なぜか勝手に犯人探しが始まっただけ。そんな事実はないと、クラスがざわめく中で、一人の女の子とその親が、俺のことを思いやってくれただけ。ただそれだけなのだ。


 あの子の親が信じた時点で、事実は完成していた。


 俺の罪といえば、自分の体の写真を撮って、機械製のそれらしい悲しみの跡をつけたくらいだろう。


 でも、そんなことは誰も気にしない。少なくとも、食事に夢中になっている間は気づかない。


 それよりも大きな、自分が暴力をふるうための大義名分が、目の前に転がっているのだから。

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