第5話 カタをつける

「課長、これから一体どうするつもりなんです。スーパーロトでも当てに行くとか?」

「質問は許さん。ほらお前、契約書とか預かってるだろ、それを出せ」

「は、はいっ」

 

 有無を言わさぬ命令口調に、私は急ぎバッグを探る。契約書は昨日闇金業者に手渡されてから、バッグに入れっぱなしのはずだ。

 私が中身を取り出すと同時に、彼はサッとそれを奪って一読した。


「ふうん、なるほどね。800万円の元金に300万円の利子。……ヤミ金の連絡先は?」

「ええっと、電話番号なら確か通話履歴に。でも課長、負けてもらうとか無理ですよ。何せ相手はアウトロー……」

「質問は許さんと言ったはずだぞ、スマホ貸せ」

 

「はいっ」

 履歴の番号を表示したスマートフォンを差し出すと、彼は相手に電話をかけ始めた。


「あ~、もしもし。は? 『誰だてめえは』だと? 俺だ、言葉に気を付けろ。……さっきから言ってるだろう、俺が『四葉美咲』の借金を返すと。……いいからさっさと来い、取りっぱぐれるぞ!」


 恐ろしい剣幕で電話を切ると課長は、ポンと私の手にそれを戻した。


 私はもう気が気ではない。

「う、うわああ、何てことしてくれるんです。あっちは堅気じゃないんですよ?」


 喉の奥が、ヒュッと鳴った。

 笑えない想像が、頭をよぎる。

 ところが、どんなに私が喚こうとさっきの剣幕はどこへやら、課長は涼しい顔で目の前の料理をつついている。


「いいから黙ってろ。『全て任せる』約束のはずだぞ。さあ食え、ここの刺身は絶品だ」

「承知……しました」


 これは……逆らったらダメなやつだ。

 

 背筋が、すうっと冷えてきた。

 ――ああ、私はとんでもない人に助けを求めてしまった。


 ――10分後。


 「おうおう、即金で1100万払うって言い出すもんだから、どんなバカかと思って来てみれば。生っ白い優男じゃねぇかコラ」

 いかにもその筋といった厳ついスキンヘッドの男と、不自然な厚化粧を施した、オネエ風の男が、料亭に乗り込んできた。

 

 土足で畳に上がった男は、キッチリと背筋を伸ばして正座する藤城課長のすぐ横で胡座をかいた。

 顔を彼の鼻先まで近づけて覗き込む。


「さあ兄ちゃん、黙ってねえで、何とか言ったらどうなんだ? あ?」

 

 黙ったままの課長の耳に、私は声を潜ませた。

(ほらぁ、課長があんなこと言うから。一体どうするんですかっ)

 

 すると彼は、悠然としてのたまった。

「正確には、貸したものだ。それよりキサマ、口が臭い。あまり顔を近づけるな」

「いっ」


 (ダ、ダメですよ、いくら本当でもそんなこと言っちゃあ!)

 真っ青になって私は、課長のスーツを引っ張った。

 

「んだとぉ……。おい女っ、お前も聞こえてっからな!」

 当然のように、声を荒らげるスキンヘッドの男。彼は課長の胸ぐらを掴んだ。

 

「ああっ」

 殴られる! ギュっと眼をつむった時、黙って後ろに控えていたもう一人の男が拳を止めた。

 

「お待ち、カズ」

 彼はスキンヘッドと課長の間に割り込むと、猫なで声で言う。

「ねえ兄さん? アンタが今から1100万即金で払うって言うから、わざわざこんな料亭くんだりまで出向いたわけよ。それを……あんまり舐めた口を利かれたら、こっちも困るんだけどねえ」

 

 オネエ男が手をやった胸元に、キラリと光るものが見える。

 ま、まさかナイフ?

 

 身体を強ばらせる私の横で、一瞬だけ、藤城課長の視線が伏せられた。

 やや、考える間を置いて、彼はサイフから黒いカードを抜き出した。

 

「生憎――現金は持ち合わせていない。支払いはカードで構わないか?」

「何カッコつけてんだバカが。いいか、1000万超えの金だぜ? カードローンなんかで払えるわけが……」

「ま、待てっ」

 嘲笑うスキンヘッドを、兄貴分の男が慌てて止めた。

 大きな体躯を押しのけるように前に出ると、指に挟まれたカードをマジマジとみる。

 

 「……おいカズ」

 声が裏返った。男はカードから目を離せず、ゴクリと喉を鳴らす。

 

「そのカード……本物、か?」

 

 ――何、それ?

 課長の背中からチラチラと様子を伺う私の前で、二人の男は座敷の下に平伏した。


「へへ〜っ。おみそれいたしやした、申し訳ございません。当方、金さえ頂けるのであれば、全く問題ございません。さささ、よろしければ、こちらへサインを」

 オネエ男は急に態度を改めると、課長に揉み手ですり寄った。

 用紙にサインをしかけた課長が、ふと手を止める。


「そういえば、契約書にあるこの額面だが……。この短期間で元金800に利子300は、高すぎないか」

「え、へへえ、そうは言われましても、うちも商売でして」

 

 藤城課長は腕組をし、何食わぬ顔で天井を仰ぐ。

「ふうん……おかしいな。法定金利を超えているように見えるぞ」

「いやあ、そこはまあ。本人もご納得のうえでの契約でございまして」


 一瞬、不安が頭をよぎった。

 ——この人、まだ攻めるつもり?

 もし、ふたりが怒りだしたら……。


 背中のうしろでハラハラしている私をよそに、課長は、相手の反応を測るように、一瞬視線を走らせた。

 

「ほう。……そういえば、うちの顧問弁護士がぼやいていたな。以前は、違法金利業者から取り立てた報酬がいい儲けになってたが、今は警察の取り締まりが厳しくって、商売あがったりなんだと。お前ら本当に大丈夫か?」

「んだと、てめっ……値切ろうってのかよコラ」


 スキンヘッドは歯をむき出しにして脅した。それを左手で払いのけ、藤城課長は皮肉な笑みをたっぷりと浮かべる。


「さぁてと。ヤバいなお前ら、金利超過に恐喝未遂……か。さっきは刃物もチラつかせてたっけ。うちの弁護団は優秀だ。全部纏めて相手をしてやるぞ。……君らのボスが困らなきゃいいんだが」

 

 ふたりの顔が、サッと青ざめた。

 そして――。


「はい勿論! 仰るとおり、占めて金額900万円とさせて頂きます。大っ変申し訳ございません。ささっ、900万円、気の変わらないうちに。早くここへサインを!」

 

 オネエ男は急いで用紙の数字を書き直し、平身低頭、課長の前へと差し出した。

 卑屈な笑顔を張りつけたまま、ほんの一瞬だけ課長を睨む。


「あっしたぁっ!」

 サイン入りの証書を受け取ると、転がるようにして二人は去っていった。

 

「フン」

 彼らを冷笑で見送った課長は、〝どうだ〟と言わんばかりの視線を私に投げた。

 

 その怖ろしさには、身体が小さく震えたが。


 ——それでも私は。


 この人の背中から、目が離せなくなっていた。

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囚われのサンドリヨンは、御曹司の腕の中 佳乃こはる @watazakiaya

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