第47話 荒野を駆けるエンジンと、空を覆う黒い影

『ゼロ・ベース』に戻った俺たちを待っていたのは、未解析データの山と、日常という名の平和だった。


「マスター。解析完了。……ファイル名『内燃機関(インターナル・コンバッション・エンジン)』。これは革新的です」


 整備ドックで、ナオが山盛りのカツ丼をかき込みながら報告した。  彼女が空中に投影したホログラムには、複雑なピストン運動と、爆発のサイクルが描かれている。


「蒸気機関は『外』で燃やした熱を使いますが、これはシリンダーの『内』で燃料を爆発させて動力を得ます。小型で高出力。……天才的な発想です」 「ああ。俺のいた世界では当たり前の技術だがな」


 俺はドーガン親方を呼んだ。


「親方、これを見てくれ。蒸気機関車(クロガネ)の次は、これを作る」 「……なんだこりゃ? 釜(ボイラー)がねえぞ? どこで湯を沸かすんだ?」 「湯は沸かさない。ガソリン……以前見つけた『燃える水』を霧状にして、空気と混ぜて爆発させるんだ」


 ドーガンは髭をさすりながら、設計図を食い入るように見つめた。


「鉄の筒の中で爆発を繰り返す……だと? イカれてやがる。だが……面白え。蒸気機関より遥かに暴れ馬だが、乗りこなせば凄まじい力が手に入るな」


 職人の魂に火がついた。  こうして、異世界初の自動車開発プロジェクトが始動した。


 ***


 開発は困難を極めた。  蒸気機関とは比較にならない精度の金属加工が必要だからだ。ミクロン単位の誤差も許されないシリンダー、高電圧を発生させる点火プラグ、そして複雑な変速機(トランスミッション)。


 だが、俺たちには最強の布陣があった。  ナオの精密演算、ドーガンの神業的な鍛冶技術、そしてエルフたちの付与魔法(耐久強化・耐熱)。


 一ヶ月後。  広場に、一台の無骨な車両が姿を現した。  塗装は砂漠迷彩に近いサンドカラー。太いタイヤに、頑丈なバンパー。  デザインのベースは、俺が憧れていた『高機動車(ハンヴィー)』や『ランドクルーザー』だ。


「よし……火を入れるぞ」


 俺は運転席に乗り込み、キーを回した。  セルモーターが回り――。


 ドゥルンッ! ボボボボボボ……ッ!


 蒸気機関の穏やかな音とは違う、腹に響くような重低音が荒野に轟いた。  エンジンの鼓動だ。


「かかった! 安定してる!」 「すげえ音だ……! まるで猛獣が喉を鳴らしてるみてえだ!」


 見守っていたヴォルグたちが歓声を上げる。  俺はアクセルを踏み込んだ。


「行くぞ! テストドライブだ!」


 クラッチを繋ぐ。  車体がグンッと前に飛び出した。  加速。Gが背中を押し付ける。  あっという間に時速60キロ、80キロ……。


 鉄道のようなレールはいらない。  凸凹の荒野も、砂地も、サスペンションが衝撃を吸収し、四輪駆動(4WD)が地面を鷲掴みにして突き進む。


「ヒャッハー! 速えええええッ!」


 荷台に乗ったヴォルグが、風圧に顔を歪ませながら絶叫する。  俺はハンドルを切り、ドリフトしながら広場を一周して戻ってきた。


「これが『自動車』だ。これがあれば、線路のない村へも荷物を運べる。物流のラストワンマイルが繋がるんだ!」


 エリスが目を輝かせて駆け寄ってきた。


「ケンイチ、凄い……! これなら、今まで行けなかった遠くの町にも商品を届けられるわ! 私たちの商会が、世界中を走り回れるのね!」 「ああ。世界はもっと狭く、近くなる」


 俺たちは勝利を確信した。  このトラックを量産すれば、アークレイアの経済速度は何倍にも跳ね上がるだろう。


 だが。  俺たちが「地上の移動革命」に喜んでいたその時。  遥か北の地で、もっとおぞましい何かが産声を上げていた。


 ***


 旧ガレリア帝国の北端。万年雪に閉ざされた深い谷底。  そこは、人の目が届かない隠れ里だったが、今は巨大な工廠(こうしょう)と化していた。


 ガガガガッ……! ジュゥゥゥ……!


 無数の労働者――帝国崩壊後に行き場を失った元兵士や、金で雇われた闇ギルドの職人たちが、巨大な鉄骨を溶接していた。


「……素晴らしい。実に素晴らしい眺めだ」


 高台からそれを見下ろしているのは、黒川だ。  彼の手には、マザーから託されたタブレットが握られている。  そこに表示されているのは、平和利用のための輸送機などではない。  純粋な殺戮と破壊のためだけに設計された、空飛ぶ要塞の設計図。


「須藤は、ちまちまと車を作っているそうだな。……所詮は『運び屋』の発想だ」


 黒川は歪んだ笑みを浮かべた。


「地面を這いずり回る虫ケラどもを、私は空から踏み潰す。この**『空中戦艦・ゴライアス』**でな」


 建造中の巨体は、全長二百メートル。  船体には無数の砲門が並び、底部には爆撃用のハッチが備わっている。  そしてその心臓部には、マザーの残骸から回収した「重力制御ユニット」の劣化コピーが組み込まれようとしていた。


「燃料は、この谷底から掘り出した魔石と石炭を全て使う。環境汚染? 知ったことか。勝てば官軍だ」


 黒川の目には、もはや理性的な光はなかった。  あるのは、健一へのドス黒い劣等感と、世界への復讐心だけ。


「急げ! 来週には進水式だ! 最初の標的は……アークレイア王都。そしてローゼンバーグ商会だ!」


 荒野を走る希望のトラック。  谷底で建造される絶望の戦艦。


 二つの技術は、やがて来る決戦の日に向かって、対照的な進化を遂げていた。  健一が「自動車」で地上の物流を制覇するのが先か。  黒川が「空」から全てを焼き払うのが先か。    タイムリミットは刻一刻と迫っていた。

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