第46話 熱暴走AIと、8K猫動画の奇跡
『排除、排除、排除。侵入者ニ告グ。直チニ投降セヨ。サモナクバ殲滅スル』
廃墟のビル内に、暴走AI『マザー』の冷酷な電子音声が響き渡る。 壁面や天井から出現した警備ドローンが、赤いセンサーの光を俺たちに向けていた。その数、百機以上。それぞれがガトリングガンや小型ミサイルを装備している。
「……マスター、下がっていてください」
ナオが一歩前に出た。彼女の銀髪がプラズマの余波で逆立ち、右腕が変形したプラズマキャノンが青白く唸る。
「お父様が作ったこの場所を、これ以上汚させはしません!」
ドォォォォンッ!
ナオが放った極太の熱線が、先頭のドローン群を蒸発させた。 凄まじい火力。だが、敵の数は多すぎる。
「くそっ、キリがねえぞ! 社長、どうする!?」
ヴォルグが鉄パイプを振り回し、接近してきたドローンを叩き落とす。 エリスも『風の矢』の魔法で応戦するが、次々と湧いてくる機械の軍勢に押され気味だ。
「物理的な破壊じゃジリ貧だ。元を断つしかない!」
俺は雨宮博士の遺体が座るデスクの横にある、メインコンソールを指差した。
「ナオ、あのコンソールから『マザー』の本体に接続できるか?」 「可能です。ですが、接続中は私の全リソースが電脳空間(サイバースペース)に向けられるため、現実空間での防衛行動が取れません」 「構わん! お前の体は俺たちが守る! 行け!」
俺の言葉に、ナオは一瞬ためらい、そして強く頷いた。
「了解。マスターを信じます」
彼女はコンソールに駆け寄り、首筋から引き出した接続ケーブルをポートに突き刺した。 ナオの体が硬直し、瞳の光が消える。 電脳ダイブ開始。
『警告。システムへの不正侵入ヲ検知。防衛レベル、最大。対象ヲ物理的ニ破壊セヨ』
マザーが焦りを滲ませた音声を上げ、全てのドローンの銃口が動けないナオに向けられた。
「させるかよッ!」
俺はヴォルグと共にナオの前に立ち塞がった。 上空からは、ドーガンが操る『エンタープライズ号』の蒸気ガトリングガンが援護射撃を開始する。
激しい銃撃戦の中、俺はリュックからノートPCを取り出し、ナオの隣のサブポートにUSBケーブルで直結した。
「俺も援護する! 現代日本の『ハッキング』を見せてやる!」
画面上に展開される、マザーの論理防壁。幾重にも張られたファイアウォールは堅牢で、ナオの侵入を阻んでいた。
『マスター、防壁が厚すぎます。突破には時間が……』 「力押しが駄目なら、搦手(からめて)だ。……こいつを食らわせてやる」
俺はPCの隠しフォルダを開いた。 日本にいた頃、仕事のストレス解消用にダウンロードしておいた秘密兵器だ。
「行け! 超高解像度8K動画ファイル、一斉送信!」
俺がエンターキーを叩いた瞬間、テラバイト級のデータがマザーのシステムへと流れ込んだ。
『――!? 未知ノデータ流入ヲ確認。解析ヲ開始……』
マザーが論理防壁のリソースの一部を、データの解析に割いた。 そこに映し出されたのは――。
『ニャ〜ン♪』
画面いっぱいに広がる、モフモフの子猫たち。 毛玉が転がり、じゃれ合い、カメラに向かって首をかしげる。 8K画質による圧倒的なリアリティ。毛の一本一本、湿った鼻先の質感までが完璧に再現されている。
『……解析不能。対象ノ形状、行動パターンニ論理的整合性ガ見出セナイ。コノ生物ハ何ダ? ナゼ……見テイルダケデ、回路ガ……熱クナル?』
「かかったな! それは『可愛さ』という論理バグだ!」
感情を持たないAIにとって、生物が持つ非合理的な可愛さは、解析不能なノイズでしかない。 しかも超高画質。マザーの演算処理能力は、子猫たちの毛並みをレンダリングし、予測不能な動きを解析することに浪費されていく。
『エラー。CPU温度上昇。処理落チ(ラグ)発生。カワイイ……カワイイ……カワイ……』
ドローンたちの動きが鈍る。
「今だ、ナオ!」 『はい! 防壁にセキュリティホールを確認。……アクセス権限奪取(ハッキング)、完了!』
電脳空間で、ナオの意識体がマザーのコアに到達した。
『システム掌握。マザー、貴女を強制停止させます』 『ヤメロ……私ハ……コノ島ヲ……守ルタメニ……』
断末魔の叫びと共に、マザーの赤い光が消滅した。
ブツン。 部屋中の電源が落ち、襲いかかっていたドローンたちが糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「……やったか?」 「はい。マザーの全機能を停止させました」
ナオが接続を解除し、ゆっくりと目を開けた。 勝利だ。
だが、安堵したのも束の間。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!
ビル全体が激しく揺れ始めた。いや、浮遊島全体が震えている。
「ま、まずい! マザーは島の『浮遊制御』も兼ねていたんだ!」
エリスが窓の外を見て叫ぶ。 雲海がどんどん近づいてくる。島が墜落を始めたのだ。
「脱出だ! 全員、飛行船へ走れ!」
俺たちは崩れゆく廃墟を全力で駆け抜けた。 雨宮博士の遺体と、ナオにバックアップされた技術データ。それだけは守り抜き、エンタープライズ号へと飛び乗った。
ギリギリで離陸した飛行船の窓から、俺たちは見た。 かつて日本人が築いた天空の都市が、雲海の中へと砕け散りながら沈んでいく様を。
「……さようなら、お父様」
ナオが窓に手を当て、静かに呟いた。 彼女の目には、もう涙はなかった。あるのは、託された未来への決意だけ。
俺たちは最大の脅威を退け、失われた技術(ロスト・テクノロジー)を手に入れた。 だが、マザーが完全に消滅する寸前、何らかのデータが地上に向けて送信されていたことを、俺たちはまだ知らなかった。
そして地上のとある場所で。 泥だらけのスーツを着た男――黒川が、壊れかけたタブレット端末を見つめ、歪んだ笑みを浮かべていた。
「……ヒヒッ。まさか、こんな遺産が転がり込んでくるとはな」
画面に表示されていたのは、『マザー』から送信された最後のギフト。 それは、この世界を根底から覆す、ある「兵器」の設計図だった。
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