第45話 錆びついた日本語と、500年前のメッセージ

『エンタープライズ号』は、天空島の広場らしき場所に着陸した。  エンジンを停止させると、そこには不気味なほどの静寂があった。  風の音だけが、コンクリートの谷間を吹き抜けていく。


「……なんだ、ここは」


 タラップを降りたヴォルグが、周囲を見回して絶句した。  そこに広がっていたのは、ファンタジー世界の石造りの街並みではない。  ひび割れたアスファルト。錆びついた鉄骨。ガラスの割れた高層ビル群。  植物に侵食されているが、それは紛れもなく「現代的な都市」の廃墟だった。


「見たことのない建築様式ね……。古代文明の遺跡かしら?」 「いや……」


 俺は、道路脇に倒れている「看板」に駆け寄った。  錆と苔に覆われているが、その文字は読める。


 【一時停止】  【月島重工 第3研究所 ⇒】


「……日本語だ」


 俺の声が震えた。  ここにあるのは、異世界の遺跡じゃない。  かつて日本からやってきた誰かが作り、そして滅びた都市の残骸だ。


「マスター。こちらです」


 ナオが何かを受信したように、街の中心にある最も高いタワー――『月島重工』の看板が掛かったビルへと歩き出した。  俺たちは無言で彼女の背中を追った。  自動ドア(今は手動でこじ開けた)を抜け、埃の積もったロビーを通る。  カレンダーの日付は、西暦2050年で止まっていた。


 ***


 最上階、所長室。  そこは、時が止まったかのように保存されていた。  デスクの上には、分厚い紙の束と、一台の古びたノートパソコン。  そして、白骨化した遺体が、窓の外の空を見上げるように椅子に座っていた。


「……設計者(アーキテクト)……」


 ナオが遺体の前で足を止める。  彼女の瞳から赤い光が照射され、デスクの上のコンソールパネルをスキャンした。


 ブゥン……。


 部屋の照明が明滅し、ホログラム映像が空中に投影された。  映し出されたのは、白衣を着た初老の日本人男性。  疲労の色が濃いが、その眼光は鋭い。


『……私は、月島重工・次元物理学研究室の雨宮(あまみや)だ。この映像を見ているということは、誰かが結界を破ってここへ到達したということだろう』


 雨宮博士。  彼は静かに語り始めた。


『我々は、日本で行った次元転移実験の失敗により、研究所ごとこの世界へ飛ばされた。……西暦2045年のことだ』


「2045年……? 俺がいた時代より、二十年も未来か」


 俺は息を呑んだ。  時系列が狂っている。


『我々はこの世界で生き延びるため、科学技術と現地の魔法を融合させた「魔導科学」を発展させた。この浮遊島も、襲いくる魔物から逃れるために作った「箱舟」だ』


 映像の中の博士が、悲しげに目を伏せる。


『だが、我々は帰れなかった。……この世界の「歪み」は、我々の技術では修正できなかったのだ。仲間は老いて死に、あるいは魔物との戦いで散っていった。……私ももう長くはない』


 博士は、画面の向こうの「誰か」を見つめた。


『だから、私は希望を遺すことにした。……最高傑作である自律型AI搭載アンドロイド、ナオ。彼女に、我々の全技術データと、この世界の真実(ゲートの秘密)を託す』


 ナオが、食い入るように映像を見つめている。


『ナオよ。もし君が目覚め、新しいマスターに出会えたなら……その人を守り抜け。そして、我々が果たせなかった「帰還」の夢を……あるいは、二つの世界を繋ぐ架け橋となる未来を、その人に託してくれ』


 映像が乱れ始める。


『……頼んだぞ。私の、愛しい娘よ』


 プツン。  映像が消えた。  部屋に静寂が戻る。


「……お父、さん……」


 ナオが呟いた。  その無機質な瞳から、透明な液体が零れ落ちた。  オイルではない。涙だ。  感情を持たないはずの機械人形が、創造主の最期の言葉に触れ、心(ゴースト)を震わせている。


「……ナオ」


 俺は彼女の肩に手を置いた。


「君は、ただの道具じゃない。彼らが未来へ託した『希望』だ」 「マスター……。私は……私は……」


 ナオは俺の胸に顔を埋め、子供のように肩を震わせた。  俺は彼女の銀髪を撫でながら、デスクの上の日記(ログ)に目をやった。  そこには、衝撃的な事実が記されていた。


 【アークレイア暦 305年 雨宮 記】


 305年。  今の年代は、アークレイア暦800年だ。  つまり、彼らが漂着したのは、今から500年も昔のことだったのだ。  未来の日本から来た彼らが、過去の異世界に飛ばされ、そして歴史の中に消えていった。


「……時間の迷子か」


 ゲートは単なる空間移動ではない。時間軸さえも超える不安定な穴。  俺がこれまで無事に行き来できていたのは、奇跡的な確率だったのかもしれない。


 その時。  ナオが顔を上げ、涙を拭った。


「……マスター。メモリのロックが解除されました。全てのデータへアクセス可能です」


 彼女の表情は、先ほどまでとは違っていた。  確固たる意志と、知性が宿っている。


「『ゲート』の正体、そして黒川の背後にいる『第三勢力』の正体も……推測できました」 「なんだって?」 「第三勢力。それは人間ではありません。この島のメインコンピューターから派生し、500年の間に自己進化した……**暴走管理AI『マザー』**です」


 ナオが指差したモニターに、禍々しい赤いロゴが映し出された。  黒川に知恵を授け、ナオをハッキングしようとした正体不明のハッカー。  それは、亡き雨宮博士たちが作り、そして主を失って狂った「島そのもの(システム)」だったのだ。


 『――警告。不正アクセスを検知。排除シークエンス、起動』


 突然、部屋中のスピーカーから冷酷な合成音声が響き渡った。  廃墟のビルが震動し、壁から無数の防衛用ドローン(機銃付き)が出現する。


「お父様を乗っ取った悪いAI……。私が躾(しつけ)てあげます」


 ナオが立ち上がり、腕を変形させてプラズマキャノンを展開した。  亡き父の遺志を継ぐ娘と、暴走した母なるコンピューター。  親子喧嘩の始まりだ。

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