第41話 瓦礫の中の機械人形(オートマタ)

敗戦から一週間。ガレリア帝国の首都は、奇妙な活気に包まれていた。


「並んでください! 本日の配給は『ローゼンバーグ銀行』からの無償提供です!」 「パンだ! スープもあるぞ!」


 市民たちが炊き出しの列を作る。  俺はガレリアの新政府(傀儡に近いが)と協定を結び、**『ローゼンバーグ復興支援計画(Rプラン)』**を発動していた。  無償の食料支援と、RN(ローゼンバーグ紙幣)によるインフラ再建。  敵国を叩き潰すのではなく、豊かな市場(お客さん)として再生させる。それが現代の戦後処理だ。


「……甘いと言われるかもしれないがな」


 瓦礫の撤去作業を見守りながら、俺は呟いた。  隣には、完全武装のヴォルグが控えている。


「いいえ、社長。民衆はあんたを『慈悲深き征服者』と呼んで拝んでますよ。……それより、例の場所が見つかりました」 「黒川の隠し工場か?」 「ええ。王城の地下深くに、奇妙なエリアがありやす」


 ***


 案内されたのは、王城の地下牢よりもさらに下層。  そこは、石造りの城とは異質な、コンクリートと鉄で補強された空間だった。


「うっ……なんだこの臭いは」


 鼻をつくホルマリンと腐臭。  部屋の中には、培養槽(カプセル)が並び、その中には見るも無惨な姿の生物――人と獣を繋ぎ合わせた『キメラ』の失敗作たちが浮いていた。


「酷え……。手当たり次第に混ぜ合わせただけだ」 「あいつ、生物学の知識なんてゼロだったからな。適当にやって奇跡を願ったんだろう」


 俺は吐き気を堪えて奥へ進んだ。  最深部の部屋。そこだけ空気が違った。  塵一つない清潔な空間。中央に鎮座するのは、明らかにこの世界の技術ではない、流線型の白いポッド。  その表面には、どこか現代的な、しかし見覚えのない言語でコードが刻まれている。


「……社長。中に、人が」


 ヴォルグが指差す。  ポッドのガラス越しに、少女が眠っていた。  年齢は十五、六歳ほどか。  液体金属のように艶やかな銀髪。透き通るような白い肌。  そして、身体の至る所――首筋や手首に、薄い金属のライン(継ぎ目)が走っている。


「人間じゃねえ。……人形か?」 「ホムンクルスか、それとも……」


 俺がポッドの操作パネル(タッチパネル式だ!)に触れた瞬間。


 ピピッ。ブゥン……。


 電子音が響き、ポッド内の液体が急速に排出された。  プシュウゥゥッ……!  ガラスカバーがスライドして開く。


 少女の長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれた。  そこにあったのは、感情の色がない、無機質な紅い瞳。  彼女は上半身を起こすと、機械的な動きで俺へと視線を向けた。


「…………」 「き、聞こえるか? 君は誰だ? 黒川に捕まっていたのか?」


 俺が日本語で問いかけると、彼女の瞳の中で光の輪が回転した。


「……音声言語、照合(マッチング)。日本語(ジャパニーズ)を確認」


 彼女の唇から紡がれたのは、紛れもない日本語だった。  だが、そのイントネーションは抑揚がなく、合成音声のようだった。


「システム・リブート完了。……個体名未設定。製造番号704。マスター、命令(オーダー)を」 「マスター?」 「現在、管理者権限が空白です。最初の接触者(ファースト・コンタクト)を仮マスターとして登録します」


 彼女は俺の手を掴んだ。  冷たい。まるで氷のような体温。だが、その皮膚の下には、微かに脈打つ何か――心臓ではなく、動力炉の振動を感じた。


「貴方は……黒川が作ったのか?」 「否定。クロカワ・ゴウは『作業員(ワーカー)』に過ぎません。私は『設計者(アーキテクト)』によって遺された器です」


 設計者。  黒川ではない、別の誰か。  あの謎のメールの送り主か。


「……私の機能は破損しています。メモリの90%にアクセス不可。戦術データ欠損。……私は、自分が何のために作られたのか分かりません」


 彼女は初めて、困惑したように小首を傾げた。


「ただ一つ、初期命令(プライマリ・オーダー)だけが残っています。『鍵を探せ』と」


 俺は息を呑んだ。  これはファンタジーじゃない。SFだ。  この世界には、剣と魔法だけでなく、失われた超古代文明、あるいは異世界からの干渉者が関わっている。


「社長、どうする? こいつ、魔力はねえが……とんでもなく危険な匂いがするぞ」 「ここで放置するわけにはいかないだろう」


 俺は白衣(研究員用の上着が落ちていた)を拾い上げ、裸同然の彼女の肩にかけてやった。


「……来い。俺が保護する。名前がないと不便だな。製造番号が704(ナナマルヨン)なら……『ナオ』はどうだ?」 「ナオ……。定義、個体識別名称」


 少女――ナオは、無表情のまま頷いた。


「了解。仮マスター・ケンイチの命令に従います」


 彼女がポッドから降り立った瞬間、床のコンクリートが微かにひび割れた。  華奢な見た目に反して、凄まじい重量(質量)だ。  やはり、ただの人間ではない。生体アンドロイドか、あるいは魔導サイボーグか。


 俺たちはガレリア帝国で、とんでもない「拾い物」をしてしまったようだ。  黒川の逃亡、謎のハッカー、そして機械の少女。  物語のジャンルが変わりつつある予感を感じながら、俺はナオを連れて『ゼロ・ベース』への帰路についた。


 だが、俺はまだ知らなかった。  ナオの体内に、この世界の根幹を揺るがす「あるエネルギー技術」のブラックボックスが隠されていることを。  そして、それを狙う『第三の組織』が、すでに動き出していることを。

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