第42話 鉄の胃袋と、魔科学メンテナンス
『ゼロ・ベース』の整備ドック。 かつて蒸気機関車『クロガネ』を組み立てたこの場所に、今は一人の少女が横たわっていた。 銀髪の機械人形、ナオだ。
「……こいつは驚いた。ミスリルより硬えぞ」
ドワーフの親方・ドーガンが、ハンマーでナオの腕を軽く叩き、呆れた声を上げた。 カィン、と澄んだ音が響く。 皮膚のように見える白い素材は、柔軟性と鋼鉄以上の強度を兼ね備えた未知の物質だった。
「構造もデタラメだ。骨格は金属だが、その隙間を血管のようなチューブが走ってる。……生き物なのか、機械なのか、さっぱり分からねえ」
隣では、エルフのルミナが眉をひそめていた。
「魔法的な反応も奇妙です。彼女には『魂』がない。でも、体内を循環しているのは、人工的に精製された高純度の魔力液……。これは、禁忌とされる『人造生命(ホムンクルス)』の技術に近いです」
俺は日本製の『精密ドライバーセット』を握りしめ、溜息をついた。
「俺の工具じゃ歯が立たないな。ネジ穴ひとつ見つからない」 「……マスター。外装のパージ(解除)を希望しますか?」
ナオが仰向けのまま、無機質な声で問うた。
「ああ。君の損傷箇所を直したい。内部を見せてもらえるか?」 「了解。メンテナンスモード、起動」
シュゥゥ……。 微かな排気音と共に、ナオの胸部と腹部の皮膚がスライドし、内部が露わになった。 そこに広がっていたのは、時計仕掛けの精密さと、電子回路の複雑さが融合した、美しい「小宇宙」だった。 心臓部には、青白く発光するコアが脈打っている。
「すげえ……」 「美しい……」
ドーガンとルミナが同時に息を呑んだ。 種族は違えど、技術屋と魔法使いとしての知的好奇心が刺激されたようだ。
「よし、やるぞ! 俺たちの技術を結集して、このお嬢ちゃんを治すんだ!」 「ええ。エルフの治癒魔法で、バイパスの修復を試みます」
ここから、異色の「魔科学手術」が始まった。 ドーガンが極細のミスリル製ピンセットで回路を繋ぎ、ルミナが魔力を流して定着させる。俺はPCを繋ぎ(なぜかUSBに似たポートがあった)、システムログを解析してエラーを特定する。
三時間の格闘の末。 損傷していた主要な動力パイプの修復が完了した。
「よし……これで動けるはずだ」
俺が汗を拭った、その時だった。
『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
突如、ナオの体内からけたたましい警報音が鳴り響いた。 コアの光が青から赤へと変わる。
「な、なんだ!? 爆発するか!?」 「魔力の暴走!? みんな下がって!」
ドーガンとルミナが慌てて距離を取る。 俺も身構えた。自爆シークエンスか?
ナオがむくりと起き上がった。その瞳が赤く明滅している。
「警告。エネルギー残量、危険域(クリティカル)に到達。活動限界まであと三分」 「エネルギー切れか! どうすればいい? 電気か? 魔石か?」 「否定。本機の動力源は『生体融合炉』です。……有機物を要求します」
「有機物?」 「炭水化物、タンパク質、脂質。……即座に補給してください」
要するに。 「……腹が減ったのか?」 「肯定。ペコペコです」
ナオは真顔で言い放ち、自身のお腹をさすった。 グゥゥゥゥ……と、機械音とは違う、可愛らしい腹の虫が鳴った。
***
数分後。 社員食堂に連れてこられたナオの目の前には、山盛りの食事が積まれていた。 炊きたてのご飯一升(約1.5kg)。 豚肉の生姜焼き、大皿十人前。 そして寸胴鍋いっぱいの味噌汁。
「……摂取(イート)します」
ナオは箸を持つと、目にも止まらぬ速さで動き出した。 ガツガツガツ! バクバクバク! 人間離れした吸引力。 まるでシュレッダーに紙が吸い込まれるように、大量の料理が彼女の小さな口へと消えていく。
「お、おい……噛んでるか? それ」 「咀嚼効率、最大。消化プロセス、直結。……エネルギー変換、開始」
見る見るうちに、彼女の顔色が良くなり、肌に艶が戻っていく。 赤かった目の光も、穏やかな青色へと安定した。
「……美味(デリシャス)。特にこの白い粒子(コメ)と、茶色い液体(ミソスープ)の相性が抜群です」
わずか十分で、テーブルの上の料理は消滅した。 ナオは空になった茶碗を置き、満足げに「プハァ」と息を吐いた。
「エネルギー充填率、120%。感謝します、マスター」 「……とんでもない燃費だな」
俺は空になった寸胴を見て、頭を抱えた。 彼女の動力炉は、摂取した有機物を高効率でエネルギーに変換する「バイオマス・リアクター」らしい。 環境には優しいが、エンゲル係数には優しくない仕様だ。
「おい、ヴォルグ。今月の食費予算、倍にしておけ」 「へい……。こりゃあ、稼がないと食いつぶされまさぁ」
こうして、ナオは正式に『ゼロ・ベース』の一員となった。 普段は無表情で事務的な口調だが、ご飯の時だけは少し嬉しそうにする、大食いアンドロイド秘書。 彼女の戦闘力と情報処理能力は、今後の俺たちにとって強力な武器になるはずだ。
だが、その夜。 満腹になってスリープモードに入ったナオの頭脳(電子脳)の奥底で、ロックされていた「記憶領域」の一部が、食事によるエネルギー回復をトリガーとして解凍されようとしていた。
『……ログ再生。設計者(アーキテクト)からの最終命令』 『……世界の座標軸(ワールド・アクシス)を探せ。……ゲートを……破壊せよ』
彼女が探している「鍵」。 それは、俺が日本と行き来している「ゲート」そのものに関わる、危険な秘密だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます