第37話 鉄の道と、森の恵みの駅弁外交

『ゼロ・ベース』と王都を結ぶ、第一次鉄道敷設計画。  その工事は、開始早々にして暗礁に乗り上げていた。


「社長、駄目だ。また追い返された」


 事務所に戻ってきたヴォルグが、ヘルメットを脱ぎながら首を振った。  彼の背後の獣人作業員たちも、疲労困憊といった様子だ。


「『緑風の村』の連中だ。『鉄の蛇(線路)が森の精霊を怒らせる』の一点張りで、測量すらさせてくれねえ。……実力行使で退かすか?」 「馬鹿言え。これから毎日線路を使うんだぞ? 沿線の住民と揉めたら、いつ置き石や線路の破壊工作をされるか分からん」


 俺は腕組みをして地図を睨んだ。  『緑風の村』は、ルート上どうしても避けられない位置にある。  彼らは森の恵みと共に生きる保守的な一族で、外部との接触を極端に嫌っていた。


「……説得に行くぞ。手土産を持ってな」 「金貨か?」 「いや。もっと『美味しい』話だ」


 俺はエリスに指示し、ある試作品の準備をさせた。


 ***


 『緑風の村』の集会所。  村長のモク老人は、頑固そうな顔で俺たちを睨みつけていた。


「帰れと言ったはずだ。商人がどれだけ金を積もうと、我らの森に鉄の道を通すことは許さん。あの騒音と煙……精霊たちが怯えてしまう」 「お気持ちは分かります、村長。ですが、我々が通したいのは、ただの道ではありません。『血管』です」


 俺は畳まれた地図ではなく、一つの「木箱」をテーブルに置いた。  薄い木の板で作られた、折箱(おりばこ)。  ほのかに木の香りがする、日本式の弁当箱だ。


「なんだ、これは?」 「蓋を開けてみてください」


 モク老人が怪訝そうに蓋を開ける。  その瞬間、湯気と共に、芳醇な香りが室内に広がった。


「こ、これは……!」


 中に詰められていたのは、艶やかに炊き上げられた『炊き込みご飯』。  その上には、甘辛く煮付けられた川魚、色鮮やかな山菜、そしてこの村の特産品である『香りキノコ』がふんだんに乗せられていた。


「我々の村のキノコ……それに、川魚か? だが、こんな味付けは知らん。独特の黒いタレ(醤油)の香りがするが……」 「食べてみてください。毒見は私が済ませています」


 促され、老人は箸(に似た木の枝)でキノコと飯を口に運んだ。  咀嚼する。  皺だらけの顔が、驚きに見開かれる。


「……美味い。キノコの香りが米の一粒一粒に染み込んでおる。魚も骨まで柔らかい。……冷めているのに、なぜこんなに美味いんじゃ?」


 駅弁の神髄。それは「冷めても美味しい」ことだ。  しっかりとした味付けと、水分量の調整。日本の弁当文化の結晶だ。


「村長。あなたの村のキノコや山菜は絶品だ。ですが、足が早い(腐りやすい)。だから王都へ売りに行くこともできず、村の中で消費するしかない。違いますか?」


 図星だったようで、老人が押し黙る。  この村は貧しい。素晴らしい資源があるのに、流通手段がないからだ。


「鉄道が通れば、この村から王都まで『一時間』です」


 俺は畳み掛けた。


「我々は、この村に『駅(ステーション)』を作ります。そこで、この『特製弁当』を売るんです。列車に乗る旅人たちが、窓からこの弁当を買い求め、その味を国中に広めてくれる」


 俺は、未来の光景を語った。  列車が着くたびに、村人たちが「弁当はいかが!」と声をかけ、飛ぶように売れていく様子。  村の名前が、美食の里として国中に知れ渡る未来。


「騒音と煙だけの鉄の蛇ではありません。これは、この村の宝を外の世界へ運び、富を持ち帰る『黄金の龍』なのです」


 老人は弁当箱を見つめ、震える手で最後の一口を食べた。  そして、深く息を吐いた。


「……若いの。お主、商人と言うよりは、魔法使いのようじゃな」 「よく言われます」 「よかろう。……ただし、条件がある」


 老人は俺をじっと見た。


「駅舎は木造にすること。そして、この弁当の『タレ(醤油)』の作り方を、我らに教えることじゃ」 「商談成立(ディール)ですね」


 俺たちは固い握手を交わした。  こうして、最大の難所だった『緑風の村』は、鉄道建設の強力な協力者へと変わった。


 ***


 数ヶ月後。  ついにレールは繋がり、開通式の日を迎えた。  蒸気機関車『クロガネ』の初運行。  一番列車の乗客には、シャルロット王女をはじめとする貴族たちが招待された。


 シュッシュッ、ポッポ!  ポォォォォォッ!


 黒煙を上げ、緑の森を疾走する鉄の馬。  窓の外を流れる景色に、乗客たちは歓声を上げる。


「速い! 馬車より揺れないし、風が気持ちいいわ!」


 そして列車は、最初の停車駅『緑風駅』に到着した。  ホーム(といっても木の台だが)には、村人たちが並び、籠いっぱいの駅弁を掲げていた。


「名物『キノコ飯』はいかがかねー!」 「とれたての味だよー!」


 窓が開けられ、次々と弁当が売れていく。  モク老人が、忙しそうに、しかし満面の笑みで小銭を受け取っている姿が見えた。


 車内で駅弁を広げたシャルロット王女が、目を輝かせる。


「……なんて楽しいの。移動しながら、その土地の味を楽しむ。これこそが『旅』ね」 「ええ。鉄道は、ただの移動手段ではありません。文化を運ぶのです」


 俺は車窓から、遠ざかる村を見送った。  これで王都と拠点の物流は大動脈で繋がれた。  人、モノ、金。全てが加速する。


 だが、この鉄道の完成を、苦々しく見つめる影があった。  隣国ガレリア帝国の密偵だ。  彼らは気づいていた。この鉄道が軍事転用されれば、兵員や物資をかつてない速度で国境へ輸送できる脅威になることを。


「……報告せねば。アークレイアが『鉄の足』を手に入れた、と」


 密偵が闇に消える。  産業革命の光は、同時に戦争の影を色濃くしていく。  次なる戦いは、この鉄道を守るための「防諜戦」か、あるいは――。


 俺のポケットの中で、スマホが震えた。  日本からの通知だ。  『緊急速報:東都商事・元上司の黒川が、保釈中に逃亡しました』


 ……なんだと?  こちらの世界のきな臭さと、向こうの世界の異変が、不気味にシンクロし始めていた。

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