第35話 重税の刃と、国債という名の首輪

翌朝、ローゼンバーグ商会に届いた羊皮紙は、事実上の「死刑宣告」だった。


『臨時金融安定化法案』  ・王家公認ギルド以外が運営する金融機関に対し、預金総額の50%を「特別認可税」として徴収する。  ・独自の証書(紙幣)の発行を禁じ、即時の回収を命じる。


「……めちゃくちゃだ。50%課税なんて、商売を畳めと言っているのと同じだ」


 俺は羊皮紙をデスクに放り投げた。  エリスが青ざめて震えている。  財務大臣ヴァルダー侯爵。古い貴族主義者で、成り上がりの俺たちを目の敵にしている男だ。金秤ギルドからの献金もたっぷり貰っているのだろう。


「どうする、社長? 王女殿下に泣きつくか?」 「いや、殿下を巻き込めば、王家内部の争いになる。これはあくまで『金』の話だ。金で解決する」


 俺はニヤリと笑い、日本から持ち込んだノートパソコンを開いた。  そこには、独自の情報網――エルフの隠密や、金に転んだ下級役人から買い取った『王国の財務データ』が入力されている。


「ヴォルグ、馬車を出せ。王城へ『殴り込み』だ」 「へっ、武器は?」 「いらない。この『帳簿』と『電卓』があれば十分だ」


 ***


 王城、財務大臣執務室。  豪奢な調度品に囲まれた部屋で、白髪の老人――ヴァルダー侯爵は、不愉快そうに俺を見下ろした。


「無礼な。一介の商人が、大臣である私に直談判とは」 「商売人にとって、時間は金ですので。単刀直入に申し上げます。あの『新法』を撤回してください」


 俺が言うと、ヴァルダーは鼻で笑った。


「ふん。国の秩序を守るための法律だ。どこの馬の骨とも知れぬ紙切れが流通するなど、断じて認められん。……どうしてもと言うなら、商会を解散し、全資産を国庫に寄付すれば、罪には問わんとしてやろう」


 完全に俺たちを潰し、資産を没収する気だ。  俺はため息をつき、鞄から一枚の書類を取り出した。


「そうですか。では、話を変えましょう。……この国の『借金』の話です」


 ヴァルダーの眉がピクリと動いた。


「この資料によると、アークレイア王国は現在、度重なる戦争と不作により、金秤ギルドや近隣諸国から多額の借入を行っていますね? その総額、金貨にして約五百万枚」 「……それがどうした。国家運営には金がかかるものだ」 「問題はその金利です。年利15%。……暴利ですね。毎年、利息を払うだけで税収の半分が消えている」


 俺は電卓を叩いてみせた。


「このままでは、あと三年で国家財政は破綻(デフォルト)します。そうなれば、あなたの首が飛ぶどころか、国が滅びますよ」


 ヴァルダーの顔から余裕が消えた。  それは、彼が一番隠したかった不都合な真実だったからだ。


「き、貴様……どこでその数字を……!」 「そこで、提案があります」


 俺はヴァルダーの前に身を乗り出した。


「我々ローゼンバーグ銀行が、その借金を『肩代わり』しましょう」 「……なんだと?」 「金秤ギルドへの借金を、我々が全額返済します。その上で、国は我々から新たにお金を借りてください。……金利は『年3%』で」


 ヴァルダーが絶句した。  15%から3%へ。  それは、利払いだけで破綻寸前だった国家財政が、一瞬で健全化することを意味する。


「そ、そんな馬鹿な……。それでは貴様らの儲けにならんではないか!」 「ええ。金銭的な利益は薄い。ですが、その代わりに条件があります」


 俺は、あの『臨時金融安定化法案』の羊皮紙を指差した。


「このふざけた法律を廃案にすること。そして、ローゼンバーグ銀行を『王国中央銀行』として認可し、通貨発行権を独占させること」


 これが狙いだ。  国の借金を背負うということは、国そのものを支配するということだ。  もし俺たちが「金は貸さない」と言えば、国は即座に死ぬ。  俺は「債権者」という最強の立場を手に入れるのだ。


「……国を、買うつもりか」 「人聞きが悪い。国を『救う』と言ってください。……さあ、どうしますか? プライドを守って国を滅ぼすか、私と手を組んで『財政再建の英雄』になるか」


 ヴァルダーは脂汗を流しながら、長い沈黙を守った。  計算高い官僚である彼に、選択の余地などなかった。


「……分かった。法案は撤回しよう」


 彼はガクリと項垂れた。


「ただし、金利3%の約束は守ってもらうぞ。契約書を作れ」 「商談成立(ディール)ですね」


 俺はニッコリと微笑み、差し出された手に――ではなく、契約書にサインをした。


 ***


 王城からの帰り道。  馬車の中で、俺は大きく息を吐いた。


「……やったな、社長」 「ああ。これで俺たちの銀行は、名実ともに『国の心臓』になった」


 金秤ギルドは終わった。  国という最大の太客を奪われ、高利貸しのビジネスモデルは崩壊する。  これからは、俺たちが発行する紙幣が「法定通貨」となり、国中に流通する。  経済支配の完了だ。


 だが、俺は窓の外を見ながら、ふと考えていた。  あまりにも順調すぎる。  国内の敵は一掃した。隣国も退けた。  次に待っているのは――もっと根源的な、「この世界の理(ことわり)」との対峙かもしれない。


 その予感は的中した。  拠点に戻った俺たちを待っていたのは、慌てふためくエリスの姿だった。


「ケンイチ! 大変よ!」 「どうした? また取り付け騒ぎか?」 「違うの! 北の鉱山から、未知の『黒い石』が大量に見つかったって……。ドワーフたちが『これは魔王の遺産だ』って騒いでるの!」


 黒い石。燃える石。  俺の脳裏に、ある資源の名前が浮かんだ。  もしそれが「石炭」あるいは「石油」だとしたら。  この世界は、中世から一気に「産業革命」へと突入することになる。


 経済戦争の次は、エネルギー革命だ。

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