第29話 わがまま王子と、配管工のレース

アークレイア王城、『白亜の宮殿』。  その一室にあるシャルロット王女の私室は、異様な光景になっていた。


「ぷはぁっ……! やっぱり、風呂上がりの『コーラ』は格別ね!」


 優雅な猫足のソファに寝そべり、黒い炭酸水をラッパ飲みする第一王女。  室内は、俺が設置したエアコンによってキンキンに冷やされている。  外は灼熱の真夏日だが、ここだけは避暑地の別荘のようだ。


「殿下、くつろがれているところ恐縮ですが……今日は娘の紹介も兼ねて、空調のメンテナンスに参りました」 「あら、そうだったわね」


 シャルロットが体を起こし、俺の背後に隠れている結衣を見た。


「初めまして。あなたがケンイチの愛娘(まなむすめ)ね? 話は聞いているわ」 「……初めまして。須藤結衣です」


 結衣はガチガチに緊張しながらも、ぺこりと頭を下げた。  無理もない。目の前にいるのは、本物のプリンセスだ。絵本の中の存在が、目の前でコーラを飲んでいるのだから。


「ふふ、可愛いわね。……ケンイチ、この子の滞在許可証(パス)は私が発行しておくわ。好きに観光なさい」 「感謝します。では、俺は室外機の点検をしてきますので、結衣、ここで大人しく待っててくれるか?」 「うん、わかった」


 俺は結衣をソファに座らせ、バルコニーへと向かった。  シャルロットは公務の書類を読み始め、室内には静寂が落ちた。


 数分後。  退屈に耐えきれなくなった結衣は、リュックから「暇つぶし道具」を取り出した。  日本から持ってきた携帯ゲーム機、『Nintendo Switch』だ。


 ピロリンッ♪


 起動音が静かな部屋に響く。  シャルロットがチラリと視線を送るが、結衣は気づかずに画面に没頭し始めた。


 その時だった。  バンッ! と乱暴にドアが開かれた。


「姉上! ここにいるのであろう!?」


 入ってきたのは、金髪碧眼の少年だった。  年齢は十歳くらい。豪奢な服を着て、背後には慌てた様子の侍従たちを従えている。  アークレイア第二王子、レオンハルト殿下だ。


「……何よ、レオン。ノックくらいしなさい」 「うるさい! 余は退屈なのだ! 剣の稽古も飽きた、勉強も飽きた! 何か面白いものはないのか!」


 典型的なわがまま王子だ。  レオンは部屋の中を見渡し、ソファに座っている見慣れない少女――結衣に気づいた。  そして、彼女が手に持っている「光る板」に目を釘付けにした。


「……おい、そこの小娘。それは何だ?」


 結衣が顔を上げる。


「え? これ? ……ゲームだけど」 「ゲーム? 遊戯か? その板の中で、小さな絵が動いているのか?」


 レオンはツカツカと歩み寄り、画面を覗き込んだ。  結衣がやっていたのは、有名なカートレースゲームだ。  配管工のヒゲおじさんが、カートに乗って爆走している。


「ほう……。馬車競争か。だが、馬がいないな」 「カートだよ。アクセル踏むと走るの」 「貸せ。余がやる」


 レオンがいきなり手を伸ばした。  だが、結衣はサッと身を引いてそれをかわした。


「だめ。これ私の」 「なっ……!? 無礼者! 余はこの国の王子であるぞ! 余の命令は絶対だ!」 「王子様でもダメなものはダメ。人の物を取っちゃいけないって、学校で習わなかった?」


 結衣が正論で言い返した。  侍従たちが「ヒィッ」と息を呑む。  レオンの顔が真っ赤になる。


「き、貴様……! 不敬罪で……!」 「でも」


 結衣はニカっと笑い、本体からコントローラー(ジョイコン)を二つ取り外した。


「『対戦』ならしてあげる。勝負して勝ったら、貸してあげるよ」 「た、対戦だと?」 「うん。このコントローラーを持って。……二人で競争するの」


 結衣は赤い方のコントローラーをレオンに渡した。  レオンは戸惑いながらも、それを受け取る。


「ふん、よかろう。余は馬術の天才だ。この程度の絵の競争、負けるはずがない!」


 ***


 バルコニーから戻った俺は、信じられない光景を目にした。


「そこだ! 曲がれ! ええい、なぜ壁にぶつかる!?」 「あはは、下手くそー! ドリフトしなきゃダメだよ!」 「黙れ! この亀の甲羅は何だ!? ぶつけるな! 卑怯だぞ!」


 王女の私室で、結衣と王子様が肩を並べてソファに座り、テレビ画面(ドックに繋いで王室の大型モニター代わりの魔道具に投影したらしい)に向かって叫んでいた。


 画面の中では、結衣の操るピーチ姫が華麗にゴールし、レオンのクッパがコースアウトして溶岩に落ちていた。


「――GAME SET」


「……ま、負けた……。余が……庶民の小娘に……」


 レオンがコントローラーを取り落とし、呆然としている。  生まれて初めての「敗北」かもしれない。周囲の大人は、彼に花を持たせるためにわざと負けていただろうから。


「弱っ。王子様、口ほどにもないね」 「な、なにをぉぉっ!?」


 結衣が煽る。  侍従たちが卒倒しそうになっているが、シャルロットはコーラを片手に、ニヤニヤしながらその光景を眺めていた。


「もう一回だ! 次は負けん! この操作方法さえ覚えれば……!」 「いいよ。リベンジ受けて立つ!」


 レオンの目に、かつてない真剣な光が宿っている。  それは退屈を持て余した王子の目ではなく、ただの負けず嫌いな少年の目だった。


 二戦、三戦……。  レオンは飲み込みが早かった。十戦目には、結衣と互角のデッドヒートを繰り広げるまでになった。


「いけぇぇぇ! キノコで加速だ!」 「あっ、ずるい! ショートカットした!」


 身分も世界も超えた、純粋な遊びの空間。


 だが、楽しい時間は唐突に終わりを告げた。


 プツン。


 画面が暗転した。


「あ」 「な、なんだ!? なぜ消えた!?」 「……電池切れだ。充電しなきゃ」


 結衣が残念そうに本体を手に取る。  レオンが慌てて食いついた。


「電池!? 雷の魔石か!? すぐに持ってこさせろ! 城中の魔石を集めてでも、続きをやるぞ!」 「魔石じゃ動かないよ。これ、日本の電気じゃないと……」


 困り果てる結衣。絶望するレオン。  ここで俺の出番だ。


「お困りのようですね、殿下」


 俺が進み出ると、レオンが縋るように俺を見た。


「スドウ! お前なら何とかできるだろう!? この魔法の板を動かしてくれ! 言い値で払う!」 「……ええ。ですが、この機械には特殊な『雷の力』が必要です」


 俺はビジネスマンの顔になった。  これはチャンスだ。王子の「退屈」という最大の市場を開拓できる。


「殿下。この部屋に『コンセント(充電設備)』を設置しましょう。ただし、その工事費と、今後のソフト(新しい遊び)の提供契約を結んでいただけますか?」 「許可する! 今すぐだ!」


 即決だった。  俺は予備の『ポータブル電源』と『ソーラーパネル』を取り出した。  この世界に、電気文明の楔(くさび)がまた一つ打ち込まれた瞬間だ。


「結衣、充電が終わるまで一時間くらいかかる。それまで王子とお茶でもしてなさい」 「はーい。……ねえレオン、コーラ飲む?」 「レ、レオンだと!? 呼び捨てにするな! ……だ、だが、コーラは貰ってやる」


 数分後。  炭酸の刺激に顔をしかめつつも、「悪くない味だ」と強がる少年の姿があった。    こうして結衣は、アークレイアに来て初日で、王子様という「マブダチ(ゲーム仲間)」を作ってしまった。  彼女のコミュニケーション能力(とゲームの力)には脱帽だ。


 だが、この一件は思わぬ副産物を生んだ。  レオン王子が「スドウの持ってくる玩具は最高だ」と国王に吹聴したことで、俺たちの商会は『王室玩具御用達』の称号までも手に入れることになったのだ。


 次はエンタメ産業か。  俺はニヤリと笑った。  だが、結衣との夏休みはまだ始まったばかり。  次は、約束していた「海」――この世界には存在しないはずの「プライベートビーチ」作りだ。

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