第30話 白砂のプライベートビーチと、虹色のかき氷

アークレイアの夏は暑い。  特に今年は、王都全体が熱波に包まれていた。  エアコンの効いたプレハブ事務所から出たくない――それが全員の本音だった。


「パパ、海行きたい」


 ソファで『あつまれ どうぶつの森』をプレイしていた結衣が、ぽつりと呟いた。  画面の中では、キャラクターが涼しげに海を泳いでいる。


「海か……。そういえば、今年はまだ連れて行ってなかったな」 「アークレイアに海はあるの?」 「あるぞ。王都からは遠いが、俺の車なら数時間だ」


 俺はニヤリと笑い、デスクに座るエリスと、たまたま(また涼みに来ていた)シャルロット王女に声をかけた。


「というわけです。皆様、業務命令……いえ、王命としての『極秘視察』に出かけませんか?」 「視察? どこへ?」 「東の最果て。誰も知らない『秘密の入り江』へ」


 ***


 俺が運転するSUVは、街道を外れ、道なき道を進んでいた。  助手席にはエリス。後部座席には結衣と、お忍びスタイルのシャルロット。  そして荷台には、大量の荷物と共にヴォルグが鎮座している。


 ドローンによる空撮で見つけた、断崖絶壁の下にある隠された入り江。  魔物も寄り付かない、天然の要塞だ。


「着いたぞ」


 俺が車を止め、崖の上から景色を指差した。


「わあぁぁぁぁっ……!」


 結衣が歓声を上げた。  眼下に広がるのは、宝石のように透き通ったエメラルドグリーンの海と、雪のように白い砂浜。  人工物が一切ない、手付かずの楽園(パラダイス)。


「これが……海? 本に書いてある『暗黒の魔海』とは全然違うわ……」


 内陸育ちのエリスとシャルロットが、呆然と立ち尽くす。  この世界では、海はクラーケンなどの巨大魔獣が住む危険地帯とされている。だが、ここは遠浅のラグーンになっており、大型の魔物は入ってこられない。


「さあ、着替えるぞ! 日本から『魔法の衣(水着)』を持ってきてある!」


 俺は簡易テントを設営し、女性陣を送り込んだ。


 数分後。  テントから出てきた彼女たちの姿に、俺(とヴォルグ)は目を奪われた。


 まずは結衣。  水色のフリルがついた、ワンピースタイプの水着。麦わら帽子と相まって、まさに夏の天使だ。 「パパ、どう? 似合う?」 「ああ、世界一可愛いぞ!」


 続いてエリス。  白を基調とした、パレオ付きのビキニ。彼女の清楚な雰囲気と、健康的なスタイルの良さが際立っている。恥ずかしそうに腕で体を隠す仕草が破壊力抜群だ。 「こ、こんな肌を晒すなんて……破廉恥じゃないかしら……」 「似合ってるぞ、エリス。王都の舞踏会より輝いてる」


 最後に、シャルロット王女。  彼女が選んだのは、黒と金をあしらった、ハイレグ気味の攻撃的なビキニ。  王族としての誇り高いプロポーションを、惜しげもなく披露している。 「……ふん。布面積が少なくて心許ないけれど、動きやすくて悪くないわね」  そう言いながらも、まんざらでもなさそうだ。


 ちなみにヴォルグは、ハワイアン柄のサーフパンツ一丁だ。意外と似合っている。


「いくよー! きゃっほー!」


 結衣が浮き輪(ドーナツ型)を持って海へ駆け出した。  バシャバシャと水飛沫を上げ、透明な水と戯れる。


「つ、冷たい! しょっぱい!」 「こら結衣、急に行くと危ないぞ。ヴォルグ、監視(ライフセーバー)を頼む」 「御意! お嬢様、俺の背中に乗ってください! 犬かきの神髄をお見せしましょう!」


 ヴォルグが海に入り、結衣を背に乗せて泳ぎ始めた。巨大な狼が泳ぐ姿はシュールだが、頼もしい。


 俺は砂浜にパラソルとデッキチェアを設置し、エリスとシャルロットを招いた。  そして、クーラーボックスから『アレ』を取り出した。


「お二人は泳がないんですか?」 「水に入るのは少し怖いわ……」 「私は日焼けが気になるの」


 そんな二人に、俺はプラスチックのカップを差し出した。  山盛りに削った氷に、鮮やかな色のシロップをかけた『かき氷』だ。


「これは……氷菓子?」 「『ブルーハワイ』と『イチゴミルク』です。暑い浜辺で食べるこれは格別ですよ」


 二人はスプーンで氷を掬い、口に運んだ。  キーンとする冷たさと、甘いシロップの味。


「……美味しい! 頭が痛くなるけど、止まらないわ!」 「この青い蜜、不思議な味がする……。海の色と同じね」


 二人は童心に帰ったように笑い合った。  身分の差も、商売の悩みも、ここでは関係ない。ただの「女子会」だ。


 俺は少し離れた場所から、はしゃぐ結衣と、それを見守るヒロインたちを眺めた。  波の音。笑い声。  平和だ。  日本で会社を追われ、絶望していた頃には想像もできなかった光景。


「……パパ!」


 海から上がった結衣が、濡れた体で抱きついてきた。


「楽しい! 今まで行った海の中で、一番きれい!」 「そうか。それはよかった」 「パパ、連れてきてくれてありがとう。……パパの『新しい世界』、大好きだよ」


 その言葉に、俺の胸が熱くなった。  この子の笑顔を守るためなら、俺はどんな敵とも戦える。魔王だろうが黒川だろうが、蹴散らしてみせる。


 夕暮れ時。  水平線に沈む夕日が、海を黄金色に染めた。  遊び疲れた結衣は、帰りの車の中でぐっすりと眠っていた。


 俺はハンドルを握りながら、心地よい疲労感を感じていた。  夏休みは折り返し地点。  次は、結衣が日本へ帰る前に、最高のお土産を持たせてやらなければならない。


 だが、拠点に戻った俺たちを待っていたのは、留守番をしていた獣人スタッフからの緊急報告だった。


「社長! 大変です! 『隣国』の軍隊が、国境付近に集結しています!」 「……なんだと?」


 平和なバカンスの終わり。  アークレイアの繁栄を妬む隣国・軍事国家『ガレリア』が、俺たちの技術と富を狙って動き出していたのだ。    夏休みの後半戦は、どうやら「戦争(防衛戦)」になりそうだ。

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