第27話 剥がれ落ちた仮面と、真実の映写機

王都の夜を彩る、パメラ侯爵邸の大夜会。  シャンデリアの光が降り注ぐホールには、国中の有力貴族が集っていた。  その中心で、扇子を優雅に揺らしているのが、主催者であるパメラ夫人だ。


 今夜の彼女は、いつにも増して美しい――いや、不自然なほどに完璧だった。  蝋人形のように白く滑らかな肌。一点の曇りもない笑顔。  だが、俺の【鑑定眼】には見えていた。その厚化粧の下で、崩れかけた皮膚を繋ぎ止めている強力な幻影魔法の術式が。


「……あら。随分と遅かったのね、ローゼンバーグ商会」


 会場に入った俺とエリスを見つけ、パメラが冷ややかな笑みを向けた。  周囲の貴族たちが、さっと道を開ける。


「私の要求した『若返りの秘薬』のレシピ……持ってきたのでしょうね?」 「ええ。貴女のために、特別な『贈り物』をご用意しましたよ」


 俺は恭しく一礼し、背負っていた細長いケースを床に置いた。  中から取り出したのは、自立式の『80インチ・ポータブルスクリーン』。  そして、高性能な『モバイルプロジェクター』と、Bluetoothスピーカーだ。


「……何かしら、その白い布は? 紙芝居でも始めるつもり?」 「とんでもない。これは当商会の新作発表会(プレゼンテーション)です。テーマは――『真の美しさとは何か』」


 会場がざわめく中、俺は部屋の隅にいるヴォルグに合図を送った。  彼がシャンデリアの輝度調整魔道具を操作し、会場の照明を落とす。  薄暗闇の中、俺はプロジェクターのスイッチを入れた。


 ブゥン……。


 冷却ファンの微かな音と共に、強烈な光がレンズから放たれ、スクリーンに鮮明な映像が投影された。


「な、なんだあれは!?」 「絵が……動いている!?」


 貴族たちが悲鳴を上げる。  そこに映し出されたのは、美しい風景ではない。  昨夜、ドローンが捉えたパメラの別荘地下――あの地獄の実験室の光景だった。


『もっと火力を上げなさい! 温度が下がっているわよ!』


 スピーカーから響く、ヒステリックな怒号。  それは紛れもなく、そこに立っているパメラ本人の声だった。


「なっ……!?」


 パメラの扇子が手から滑り落ちた。  スクリーンの中では、煮えたぎる大釜、魔物の死骸、そして――皮膚を剥がし、異形の姿を晒してのたうち回るパメラの姿が、残酷なほどの高画質(4K)で再生されていた。


『ああっ……ぐぅっ……!』


 鱗に覆われた顔。紫色の血管。  会場から悲鳴が上がる。


「キャアアアアッ! な、何よあれ!?」 「化け物……!? まさか、あれがパメラ夫人だというのか!?」


 パメラは顔面蒼白になり、震える指でスクリーンを指差した。


「う、嘘よ! これは幻術よ! 私を陥れるための卑劣な捏造だわ!」 「捏造? いいえ、これは『記録』です」


 俺は冷静に次のスライドへ切り替えた。  ヴォルグが採取してきた汚染水の分析データと、枯れ果てたエルフの森の映像だ。


「貴女は自分の美貌を保つためだけに、禁忌とされるキメラの合成実験を行い、その猛毒の廃棄物を地下水脈に垂れ流した。……その結果がこれだ」


 俺は懐から、あの黒く濁った水の入ったボトルを取り出し、テーブルにドンと置いた。


「これが貴女の『美しさ』の正体だ。……どうです、一杯飲んでみますか?」


 会場中の視線が、恐怖と軽蔑の色を帯びてパメラに突き刺さる。  ヒソヒソという囁き声が、やがて糾弾の嵐へと変わっていく。


「なんてことだ……」 「北の領地の水が臭かったのは、この女のせいだったのか!」 「人殺し! 魔女!」


「ち、違う……私は……私はただ……!」


 パメラが頭を抱えて叫んだ。  極度のストレスと動揺。精神の均衡が崩れた時、魔法の制御もまた失われる。


 バキッ……メキッ……。


 嫌な音がした。  パメラの白磁のような頬に亀裂が走り、ポロポロと剥がれ落ちていく。  その下から現れたのは――スクリーンの中と同じ、魚のような鱗と、赤黒く腫れ上がった肉塊だった。


「ひぃぃぃぃぃっ!?」 「本物だ! 映像と同じだ!」


 貴族たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。  パメラは鏡に映った自分の姿を見て、絶叫した。


「イヤアアアアアアッ! 見ないで! 私の顔を見ないでぇぇぇッ!!」


 彼女は錯乱し、周囲に魔力を撒き散らそうとした。  だが、遅い。


「そこまでよ、パメラ」


 ホールの大扉が開き、近衛騎士団を引き連れたシャルロット王女が入場した。  その手には、王家からの逮捕状が握られている。


「環境破壊、禁忌魔法の使用、そしてローゼンバーグ商会への脅迫……。罪状は山ほどあるわ。その醜い姿を、地下牢でゆっくりと反省なさい」


 騎士たちがパメラを取り押さえる。  彼女は「私は美しいのよ!」「王妃になるはずだったのに!」と喚き散らしていたが、やがて猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、引きずられるように連行されていった。


 静寂が戻ったホール。  俺はプロジェクターの電源を切った。  スクリーンが真っ白に戻る。悪夢は終わったのだ。


 シャルロット王女が俺の前に歩み寄り、ため息混じりに微笑んだ。


「……まったく。そなたのやることは、いつも派手ね」 「最高のショーだったでしょう? 殿下」 「ええ。おかげで胸がすいたわ。……それに、これで北の森も救われる」


 彼女は俺の手を取り、集まった貴族たちに向けて高らかに宣言した。


「皆の者、聞くがいい! この度の悪事を暴いたのは、王家御用達のローゼンバーグ商会である! 彼らの『真実を映す鏡』に、偽りは通用しないと思え!」


 ワァァァァッ……!  会場が割れんばかりの拍手と喝采に包まれた。  エリスが涙ぐみながら俺の腕にしがみつく。ヴォルグが親指を立ててニヤリと笑う。


 俺はグラスを掲げ、心の中で祝杯を上げた。  パメラ侯爵夫人、退場。  そして俺たちは、エルフの森という「供給源」と、王都での「正義の味方」という名声を手に入れた。


 これで『ルナティア』のブランド価値は不動のものとなるだろう。  だが、俺の視線はすでに次のターゲットへと向いていた。


 領地、工場、そしてエルフとの交易。  基盤は整った。  そろそろ、この異世界に「金融(銀行)」という概念を持ち込み、経済そのものを支配する準備を始めようか。


 あるいは――日本に残してきた「結衣」を、夏休みの間だけでもこちらへ招待し、父娘水入らずのバカンスを楽しむのも悪くない。

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