第26話 潜入、美の実験室と崩れゆく仮面
深夜。王都の北、貴族の別荘地。 月明かりさえ届かない深い森の中に、パメラ侯爵夫人の別荘は静かに佇んでいた。 外観は白亜の豪邸だ。だが、そこに漂う気配は異質だった。
「……臭いな。腐った卵と、鉄錆の臭いだ」
ヴォルグが鼻をひくつかせ、嫌悪感を露わにする。 隣に立つエルフのルミナも、顔色を青くして口元を覆っていた。
「精霊たちが悲鳴を上げているわ。この地下で、何かが死に、何かがねじ曲げられている」 「ああ。これからその『正体』を暴く」
俺は茂みの陰で、ジュラルミンケースを開いた。 中から取り出したのは、四枚のプロペラを持つ黒い機体。 日本から持ち込んだ『産業用ドローン(暗視・サーマルカメラ搭載型)』だ。
「ルミナ、俺たちに隠蔽魔法を。ヴォルグは周囲の警戒だ。俺はこの『機械の鳥』で空から偵察する」 「……風の精霊よ、我らを包み込み、気配を消し去りたまえ――『風のヴェール(ウィンド・クローク)』」
ルミナの詠唱と共に、俺たちの姿が周囲の風景に溶け込む。 準備完了。 俺はコントローラーのスティックを倒した。
ヒュィィィィン……。
極めて静かなモーター音と共に、ドローンが夜空へ舞い上がる。 タブレットの画面に、上空からの映像が映し出される。 サーマルモードに切り替えると、別荘の地下部分に、異常な熱源反応(ヒートシグネチャ)が赤く浮かび上がった。
「……ビンゴだ。地下に巨大なボイラーか焼却炉がある」
俺はドローンを操り、換気口と思われるダクトの隙間から、カメラ付きの極細ファイバーケーブルを垂らした。
***
画面に映し出された光景に、俺たちは息を呑んだ。
そこは、優雅な別荘とは似ても似つかない、化学プラントと屠殺場を混ぜたような地獄だった。 巨大な釜がいくつも並び、ドロドロとした紫色の液体が煮えたぎっている。 床には魔物の死骸――トカゲの尾や、何か分からない臓器――が散乱し、白衣を着た研究者たちが、痙攣するそれらを釜に放り込んでいた。
『もっと火力を上げなさい! 温度が下がっているわよ!』
ヒステリックな声が響く。 中央の高台に立っているのは、パメラ侯爵夫人だ。 だが、俺たちが知る「美の魔女」の姿とは違っていた。
彼女が鏡の前で、自分の顔に爪を立てている。 バリッ、ベリッ。
まるで古くなった壁紙を剥がすように、彼女の頬の皮膚が剥がれ落ちた。 その下から覗いたのは、美肌ではない。 紫色の血管が浮き出し、魚の鱗のようなブツブツに覆われた、異形の皮膚だった。
「な……なんだ、あれは……?」 「キメラの呪い……いいえ、魔物の体液を取り込みすぎた副作用ね」
ルミナが震える声で解説する。
「彼女は若さを保つために、再生能力の高い魔物の血を混ぜた薬を飲んでいるのよ。でも、それは人間の体を内側から侵食する。……今の彼女は、皮一枚で辛うじて人間の形を保っているだけのバケモノだわ」
画面の中のパメラは、震える手で釜から汲み上げた紫色の液体を、一気に飲み干した。
『ああっ……ぐぅっ……!』
彼女がのたうち回る。 すると、鱗に覆われた皮膚が泡立ち、一時的に白く滑らかな肌へと「再生」されていく。 だが、その代償として、彼女の体からは黒いヘドロのような汗が噴き出し、それが床の排水溝へと流れていく。
「……あれか」
排水溝の先は、地下水脈へと繋がっている。 自分の体を維持するための猛毒の代謝物。それがエルフの森を枯らしていた元凶だ。
「許せない……! 自分の美貌のために、森の命を犠牲にするなんて!」
ルミナが怒りで弓を握りしめる。 俺は彼女の肩を掴んで制した。
「待て。今ここで飛び込んでも、奴らは証拠を隠滅して逃げるだけだ。それに、パメラには王宮魔導師のコネがある。下手に手を出せば、逆に俺たちが罪人にされる」 「じゃあ、見逃すのですか!?」 「いいや。……社会的に殺す」
俺はドローンのカメラを操作し、決定的な瞬間をすべて高画質(4K)で録画した。 魔物の死骸、違法な実験、排水の垂れ流し、そしてパメラの醜悪な真の姿。
さらに、俺は懐から『水質検査キット』を取り出し、ヴォルグに渡した。
「ヴォルグ、お前の出番だ。排水溝の出口――川に流れ込む場所まで行って、このボトルに水を汲んできてくれ。誰にも見つかるなよ」 「へっ、お安い御用だ。あのババアの鼻を明かすためなら、ドブ川だって泳いでやるぜ」
ヴォルグが闇に溶けるように消えた。 数分後、彼は泥だらけになりながらも、黒く濁った水の入ったボトルを持ち帰ってきた。
「任務完了だ」 「よくやった」
俺はボトルを掲げ、【鑑定眼】で成分を確認した。
【名称:高濃度魔素汚染水】 【成分:水銀、ヒ素、カドミウム、キメラ細胞の死骸。極めて毒性が高い】
十分だ。 これだけの証拠があれば、どんな権力も彼女を庇いきれない。
「帰るぞ。……これらを編集して、最高の『告発映画』を作る」
俺はドローンを回収し、別荘を後にした。 背後にある白亜の豪邸が、今は巨大な墓標のように見えた。
パメラ侯爵夫人。 あなたは美しさを求めた。だが、その手法はあまりにも醜悪だ。 俺の『ルナティア』を欲しがった報い、受けてもらう。
翌日。 俺は王都の出版社――新聞に似た『瓦版』を発行しているギルドに接触を図った。 さらに、シャルロット王女にも「極秘の謁見」を申し込んだ。 舞台は整いつつある。 パメラが主催する来週の「大夜会」。 そこで俺は、彼女の仮面を剥ぎ取り、その醜い素顔を白日の下に晒す。 現代の科学捜査とメディア戦略が、腐敗した貴族を断罪する時が来た。
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