第25話 月光の美容液と、欲深き魔女の影

『ゼロ・ベース』のプレハブ工場内に、青白く発光する液体が満たされたビーカーが並んでいた。


 俺は白衣を羽織り、スポイトと撹拌機(マグネチックスターラー)を操作していた。  目の前にあるのは、エルフの里から持ち帰った『月光草』の抽出エキス。  そして、日本から持ち込んだ『高純度ヒアルロン酸』、『セラミド』、そして『ナノ化プラチナコロイド』だ。


「……よし。反応安定」


 月光草の持つ「細胞活性化(再生)」の魔力と、現代科学が生んだ「保湿・浸透技術」の融合(ハイブリッド)。  完成したのは、粘度のある淡いブルーの液体。  名付けて、プレミアム美容液『ルナティア』。


「ケンイチ、できたの? いい匂いがするわ」


 エリスが興味津々で覗き込んでくる。  俺は小瓶に詰めた試作品を彼女に渡した。


「左手の甲に一滴だけ垂らしてみろ。……一滴だけだぞ」


 エリスは言われた通りにする。  液体は肌に触れた瞬間、スッと吸い込まれるように消えた。  直後、彼女の手の甲が淡い光を帯びる。


「あっ……!」


 光が収まると、そこには衝撃的な光景があった。  元々十九歳のエリスの肌は若いが、それでも多少の乾燥やキメの乱れはある。  だが、液を塗った左手だけが、まるで赤ん坊のように白く、毛穴一つない陶器のような質感に変わっていたのだ。  血管の青みが透けるほどの透明感。右手と比べると、明らかに「時間」が巻き戻っている。


「嘘……。私の手、輝いてる……?」 「月光草の再生能力を、ナノカプセルで真皮層まで届けた結果だ。効果は劇的すぎるな」


 俺は苦笑した。  これは化粧品の域を超えている。「若返りの秘薬」そのものだ。  原価計算をする。月光草の仕入れ値と、日本の原材料費。  一本あたりのコストは数万円だが、売値は……。


「金貨十枚(百万円)でも安いかもしれないな」


 ***


 翌週。  ローゼンバーグ商会は、選ばれた上客だけを招いた「新作発表会(シークレット・オークション)」を開催した。  会場は改装された商会の二階サロン。  招かれたのは、王都でも五本の指に入る大貴族の夫人たちだ。


「皆様、本日は『時を戻す魔法』をご覧に入れます」


 俺のプレゼンテーションと共に、エリスが『ルナティア』を披露する。  その効果を目の当たりにした夫人たちの反応は、狂乱に近いものだった。


「欲しい! わたくしに譲って!」 「金貨二十枚出すわ! 夫の領地を売ってでも買うわよ!」 「あの憎き愛人の肌より若くなれるなら、魂だって売るわ!」


 欲望の坩堝(るつぼ)。  用意した初回ロットの五十本は、瞬く間に完売した。  売上総額、金貨一千枚(一億円相当)。たった一晩の出来事だ。


 俺はサロンの隅で、シャンパンを飲みながら安堵していた。  だが、その宴の終わり際。  一人の召使いが、震える手で俺に一通の手紙を差し出した。


「……スドウ様。こ、これを……」 「誰からだ?」


 手紙の封蝋は、ドス黒い紫色の蝋で封じられ、薔薇に蛇が巻き付いた紋章が押されていた。  それを見たエリスが、恐怖に顔を引きつらせた。


「そ、その紋章……パメラ侯爵夫人よ」


 パメラ・フォン・ドラグノフ。  現国王の寵愛を受ける側室にして、王都の裏社交界を牛耳る「美の魔女」。  実年齢は五十を超えているはずだが、二十代の美貌を保ち続けているという噂の女性だ。


 俺は手紙を開封した。  そこには、流麗だがどこか神経質な筆跡で、こう書かれていた。


『貴殿の扱う「若返りの水」。その在庫の全てと、製造方法(レシピ)を当家に献上なさい。さもなくば――貴殿の商会を、この世から消し去ります』


 単なる注文ではない。脅迫だ。  しかも、技術そのものをよこせと言っている。


「……随分と強欲な魔女だな」


 俺が手紙を握りつぶそうとした時、窓の外から何かが飛び込んできた。  小さな緑色の鳥――いや、使い魔だ。  それは俺の肩に止まると、ルミナの声で喋り出した。


『ケンイチ! 緊急事態です!』


 森のエルフ、ルミナからの伝言魔法だ。声が切迫している。


『森の地下水脈から流れ込んでいた「黒いヘドロ」……その発生源を突き止めました。王都の北、パメラ侯爵家の別荘地下にある「秘密工房」です!』 『あそこから、大量の毒素が垂れ流されています。奴らは何かおぞましい実験を繰り返している……!』


 俺の中で、点と点が繋がった。


 パメラ侯爵夫人の異常な若さ。  エルフの森を枯れさせた汚染物質。  そして、俺の『ルナティア』への執着。


 彼女は、若返りの薬を自作しようとしていたのだ。  だが、技術が未熟で、あるいは禁忌の素材(魔物の血や水銀など)を使ったせいで、大量の有害廃棄物を生み出し、それを森の地下水脈に不法投棄していた。


「……なるほどな」


 俺は【鑑定眼】で、先ほどの手紙を改めて視た。


 【付着物:微量の水銀、ヒ素、そして魔獣の体液】


 確定だ。  この魔女は、自分の美貌のために環境を破壊し、あまつさえ俺の技術を奪って、より強力な毒(薬)を作ろうとしている。  商売敵以前に、公害の発生源だ。


「ケンイチ……どうするの? パメラ夫人は、王宮魔導師とも繋がりがある危険な人よ」


 エリスが不安げに俺の袖を掴む。  俺はエリスの背中を優しく叩き、不敵に笑った。


「環境汚染企業には、厳しいペナルティが必要だな」


 俺はスマホを取り出した。  日本で、産業廃棄物の不法投棄を摘発するための道具――水質検査キットと、高感度ドローンを準備する必要がある。


「エリス、ヴォルグを呼べ。それとルミナにも連絡だ」


 俺たちの新しい敵は、美しき魔女。  だが、その化粧の下にあるのは、腐りきった欲望と猛毒だ。


「『ルナティア』は渡さない。代わりに、彼女の悪事を暴く『証拠(エビデンス)』をプレゼントしてやろう」


 美容液戦争の勃発。  それは同時に、アークレイアを揺るがす一大スキャンダルの幕開けでもあった。

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