第24話 枯れる神樹と、ピンクの特効薬
『ゼロ・ベース』の建設が一段落した頃、俺は新たな課題に直面していた。
「ケンイチ、在庫が持たないわ。特に『美肌水』の減りが早すぎる」
プレハブ事務所で、エリスが売上帳をめくりながら嘆いた。 日本から仕入れた化粧水は爆発的に売れているが、単なる転売では利益率に限界があるし、日本の在庫が切れたら終わりだ。 そろそろ、現地の素材を使った「オリジナル商品」の開発が必要だ。
「この世界には、肌に良い魔法植物はないのか?」 「あるわ。『月光草』のエキスは、若返りの秘薬と言われているの。でも……」
エリスが言葉を濁し、隣に控えていたヴォルグを見た。
「それが生えているのは、北の『大樹海』。エルフの領地だけだ。あいつらは排他的で、特に人間と獣人を毛嫌いしている」 「ケッ、気取った長耳族か。俺たちの顔を見ただけで矢を射掛けてくる連中だぞ」
ヴォルグが不快そうに鼻を鳴らす。 だが、俺には勝算があった。どんなに閉鎖的な相手でも、交渉のテーブルに着かせる「フック」はあるはずだ。
「行くぞ。最高級の素材を独占契約できれば、商会のブランド力はさらに跳ね上がる」
俺は日本から持ち込んだ四輪駆動車(SUV)に、エリスとヴォルグを乗せ、北へとアクセルを踏み込んだ。
***
北の森『シルヴァ・マグナ』。 樹齢数百年を超える巨木が立ち並ぶ、深遠なる森。 だが、森に入ってすぐに違和感を覚えた。
(……色が、悪いな)
本来なら深い緑であるはずの木々の葉が、どこか黄色く変色している。 地面の下草も元気がなく、森全体に活気がない。
車を進めること一時間。 突然、フロントガラスの目の前に「ヒュンッ!」と矢が突き刺さった。
「止まれ! 鉄の獣を駆る侵入者よ!」
木の上から、数人のエルフたちが弓を構えて現れた。 緑の衣を纏い、透き通るような白い肌と長い耳。美しい種族だが、その目は氷のように冷たい。
「我々はローゼンバーグ商会。交易の話し合いに来た!」
俺が車から降りて手を上げると、エルフの一人が忌々しげに吐き捨てた。
「人間と、穢れた獣人か。立ち去れ! 今の我々に、貴様らごときにかまけている時間はない!」 「森が死にかけているからか?」
俺の言葉に、エルフたちの動きが止まった。
「……なぜそれを知っている」 「見れば分かる。木々が悲鳴を上げている」
俺は【鑑定眼】を発動させ、周囲の土壌を分析済みだった。 そこに、一際豪華な装束を纏った女性エルフが姿を現した。 長い金髪に、憂いを帯びた碧眼。強い魔力を感じる。彼女がリーダー格だろう。
「私はルミナ。この森の守護者です。……人間よ、知ったような口を利かないで。これは『穢れ』による呪い。私たちの母なる『世界樹』が病に侵され、森全体の魔力が枯渇しているのです」
彼女が指差した先。 森の奥深くに、山のように巨大な大樹がそびえ立っていた。 だが、その葉は茶色く枯れ落ち、幹は白く乾燥している。まさに瀕死の状態だ。
「呪い、ね」
俺は鼻で笑った。
「祈祷や浄化の儀式はしたんですか?」 「当然です! 毎日、最高位の精霊魔法をかけ続けています。ですが、枯れる速度は増すばかり……」 「当たり前だ。腹が減って死にそうな病人に、飯も食わせずに『頑張れ』と応援しているようなものだからな」
ルミナが柳眉を逆立てた。
「無礼な! 神聖な世界樹を病人扱いするとは!」 「事実だ。……俺には治せるぞ。その『呪い』とやらをな」
俺はトランクから、ある「ボトル」を取り出した。 ホームセンターの園芸コーナーで買った、ピンク色の液体が入ったボトル。 速効性液体肥料『ハイポネックス(原液)』だ。
「ルミナさん。取引をしましょう。俺がこの木を元気にしたら、この森の『月光草』を分けてくれますか?」 「……もし本当に治せるなら、森の全てを差し出しても構いません。ですが、もし嘘なら……その命で償ってもらいます」
交渉成立。 俺は世界樹の根元へと案内された。 近くで見ると、惨状は明らかだった。土はカスカスで、栄養分が抜けきっている。 長年、同じ場所に生え続けたことで、土壌の特定成分(窒素・リン酸・カリウム)を吸い尽くしてしまったのだ。いわゆる「連作障害」に近い状態。
魔法で無理やり成長を促したせいで、余計に土の栄養枯渇が加速したのだろう。
「魔法も使いようだな……」
俺はポリタンクの水に、肥料の原液を適切な濃度で希釈した。 鮮やかなピンク色の水が出来上がる。
「な、なんだその毒々しい色は! 毒を撒く気か!」 「いいから見てろ。これは『科学の滋養強壮剤』だ」
俺は世界樹の根元、特に細い根が露出している部分に、ピンクの水をたっぷりと注ぎ込んだ。 さらに、即効性の高い『活力剤(アンプル)』を数本、地面に突き刺す。
ゴクリ、ゴクリ……。 乾いた土が水を吸い込む音が、まるで巨木が喉を鳴らしているように聞こえた。
数十分後。 変化は劇的だった。
ザワワワワ……ッ!
風もないのに、世界樹の枝が揺れた。 白く乾燥していた幹に、瑞々しい樹液が巡り始め、茶色かった葉の一枚一枚に、鮮やかな緑色が戻っていく。
「あ、あり得ない……」
ルミナが膝から崩れ落ちた。
「数百年、どんな魔導師が挑んでも治せなかった枯れ病が……たった一杯の『ピンクの水』で……?」 「窒素、リン酸、カリ。植物に必要な三大栄養素を、最も吸収しやすい形で与えただけです」
俺は空になったボトルを振ってみせた。
「植物も生き物です。魔力だけじゃ腹は膨れない。たまには美味い飯(肥料)を食わせてやらないとな」
周囲のエルフたちが、顔を見合わせ、やがて歓声を上げた。 森に満ちていた重苦しい空気が霧散し、精霊の光が舞い始める。
ルミナが涙を拭い、俺の前に歩み寄った。 そして、その高潔なプライドを捨て、深々と頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした。貴方をただの野蛮な人間だと侮っていました。貴方は……この森の救世主です」 「いや、俺はただの商人ですよ」
俺は手を差し出した。
「さあ、約束通り『月光草』の独占販売権を頂きましょうか。あと、この肥料を定期購入する契約も結んでおきましょう。……サブスクリプションでお安くしておきますよ?」
こうして俺たちは、エルフという強力な供給元(サプライヤー)を手に入れた。 世界樹を救った英雄として、森へのフリーパスを得た俺たちに、もはや死角はない。
……はずだった。 だが、この時、俺は気づいていなかった。 森の異変が、単なる土壌枯渇だけが原因ではなかったことを。 森の奥深く、地下水脈を通じて、何か「黒いヘドロ」のようなものが流れ込んできていることに、【鑑定眼】の警告(アラート)が微かに点滅していたのだ。
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