第23話 プレハブの王城と、黒いシュワシュワ

荒野の開拓は、異様なスピードで進んでいた。  地面を整地してからわずか三日。  俺たちの拠点には、この世界の常識ではあり得ない「銀色の城」が出現していた。


「……信じられない。本当に一日で家が建っちまった」


 ヴォルグが呆けたように見上げているのは、鉄骨と断熱パネルで構成された『プレハブ事務所』だ。  日本から部材を持ち込み、インパクトドライバー片手に獣人たちと組み立てたものだ。  広さは二十坪ほど。無骨な直方体だが、風雨を完璧に凌ぎ、断熱材のおかげで外気の影響を受けにくい。


「城じゃない、ただの事務所(オフィス)だ。……だが、中身は王城より快適だぞ」


 俺は建物の裏手に設置した『ディーゼル発電機』のスイッチを入れた。  ドゥルルル……と低い駆動音が響き、電線を通じてプレハブに命が吹き込まれる。


「社長! 誰か来るぞ!」


 見張り台にいた獣人が叫んだ。  荒野の彼方から、土煙を上げて一台の馬車が近づいてくる。  紋章はない。だが、その馬車の造りと、護衛の騎兵の身のこなしは、ただの商人ではないことを物語っていた。


「……お忍びか」


 俺はスーツの襟を正し、出迎えに向かった。


 ***


 馬車が止まり、扉が開く。  降り立ったのは、フードを目深に被った女性。  その隙間から覗くプラチナブロンドの髪と、高貴な紫の瞳。  アークレイア第一王女、シャルロット殿下だ。


「……呆れたわね」


 彼女は開口一番、プレハブを指差して言った。


「『不毛の地』を与えたつもりだったけれど……たった数日で、妙な『銀の箱』を建てるとは。報告書を読んでも信じられなかったから、自分の目で確かめに来たのよ」 「歓迎いたします、殿下。ここはまだ建設中ですが、中へどうぞ」 「ええ。外は暑くて敵わないわ」


 アークレイアの夏は厳しい。  特に、遮るもののない荒野の直射日光は肌を焼き、熱風が体力を奪う。シャルロットの額にも玉のような汗が浮いていた。


 俺はプレハブのドアを開け、彼女を招き入れた。


「どうぞ。……涼しいですよ」


 シャルロットが疑わしげに足を踏み入れる。  その瞬間。


「――――っ!?」


 彼女の肩がビクリと跳ねた。    ヒヤリ。  扉一枚隔てた向こう側にあるはずの熱気が、嘘のように消え失せている。  代わりに彼女を包み込んだのは、高原の朝のような、乾燥した冷涼な空気だった。


「な、なによこれ……!? 氷の魔石を使っているの!? いいえ、それにしては空気が澱んでいない……風が吹いているわ!」


 彼女は天井を見上げた。  そこに設置されているのは、日本から持ち込んだ『業務用パッケージエアコン』。  設定温度は二十四度。外気温三十五度の世界では、天国のような涼しさだ。


「『空調機(エアコンディショナー)』と申します。空気の熱を奪い、快適な風を送る機械です」 「エアコン……。王城の私の部屋でさえ、夏場は水桶に氷を浮かべて扇がせているというのに……。こんな荒野の真ん中に、冬を閉じ込めていると言うの?」


 彼女は夢見心地で、応接セットの革張りソファ(ニトリ製)に沈み込んだ。  汗がスッと引いていく快感に、王女としての威厳も忘れ、とろんとした表情になる。


「……ここから出たくないわ」 「そうおっしゃらずに。冷たいお飲み物を用意しました」


 俺は奥の冷蔵庫から、キンキンに冷えた『アレ』を取り出した。  そして、バカラのグラスにロックアイスを入れる。


 プシュッ。トクトクトク……。


 黒褐色の液体が、氷に当たって弾ける音。  微細な泡がシュワシュワと湧き上がる。


「……毒?」 「まさか。東方の国で愛飲されている『黒の聖水(コーラ)』です。滋養強壮と気分転換に最適ですよ」


 シャルロットはグラスを受け取った。  表面に水滴がつくほど冷たい。この世界で「氷」は貴重品だが、製氷機のある俺たちには無限の資源だ。


 彼女は恐る恐る、黒い液体に口をつけた。


「……んんっ!?」


 一口飲んだ瞬間、彼女が目を見開いた。


「痛い!? 舌が……パチパチする! 何これ、雷魔法!?」 「『炭酸』という刺激です。驚かずに、そのまま喉へ流し込んでください」


 彼女は意を決して、もう一口。今度はゴクリと飲み込んだ。  喉を駆け抜ける強烈な爽快感。  そして鼻に抜ける、独特のスパイスと甘い香り。  カフェインと糖分が、疲れた脳に直撃する。


「はぁっ……!」


 彼女は口元を拭い、グラスを凝視した。


「……凄い。最初は舌を刺すような衝撃なのに、喉を通ると爽やかで……身体の中から熱が吹き飛ぶよう。甘いのに、くどくない。……魔性の味ね」 「お気に召しましたか?」 「ええ。……もう一杯、いただける?」


 世界の支配者層を虜にする「コーラ」の魔力は、異世界でも健在だった。


 二杯目を飲み干し、すっかりリラックスしたシャルロットは、真剣な眼差しで俺に向き直った。


「……スドウ。認めましょう」


 彼女はソファの肘掛けを撫でた。


「この土地は、そなたのものよ。不毛の荒野を、わずか数日で王城より快適な場所に変えた。その手腕、もはや一介の商人の域を超えているわ」 「恐縮です」 「ただし、条件があるわ」


 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「この『涼しい箱』と『黒い水』……王城の私の部屋にも導入しなさい。……この快適さを知ってしまったら、もうあの暑い部屋には戻れないもの」


「商談成立(ディール)ですね。喜んで」


 俺は内心でガッツポーズをした。  これで、この拠点は王女公認の領地となった。  しかも、王城への「インフラ設備の導入」という、国家規模のビッグプロジェクトまで受注したことになる。


 エアコンの設置工事、発電機のメンテナンス、コーラの定期納入。  これらは継続的な利益(サブスクリプション)を生む。  俺たちは単なる物の売り買いだけでなく、この国の「生活水準(インフラ)」そのものを掌握し始めたのだ。


「さて、殿下。涼んでいただいた後は、少し外の景色もご覧に入れたいのですが」 「外? あの岩だらけの景色を?」 「いいえ。もう岩だらけではありません。……これからのアークレイアを支える、工場の建設予定地です」


 俺はブラインドを開けた。  窓の外には、獣人たちがユンボを使って整地した、広大な平地が広がっていた。  そこには、俺が描く未来の青写真(ブループリント)――食品加工工場、縫製工場、そして物流倉庫――が建つ予定だ。


 シャルロットはその光景を見て、満足げに頷いた。


「……楽しみね。そなたが作る未来、私も一枚噛ませてもらうわよ」


 こうして、荒野の拠点『ゼロ・ベース』は正式に発足した。  だが、俺たちの快進撃は、同時に「国境の外」へと波紋を広げつつあった。


 次に狙うのは、森の民エルフとの交易。  彼らが持つ「魔法素材」と、俺たちが持つ「現代製品」の交換だ。  しかし、閉鎖的なエルフの里には、人間を拒む強力な結界と、ある「深刻な問題」が横たわっていた。

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