第22話 重機無双と、荒野の焼肉パーティー

荒野の夜は早くて、暗い。  俺たちは整地したばかりの広場にテントを張り、日本から持ち込んだLEDランタンを囲んで野営をしていた。  月明かりすらない漆黒の闇。だが、獣人たちの耳と鼻は、常に周囲を警戒している。


「……来るぞ、社長」


 ヴォルグが低く唸り、立ち上がった。  彼の銀色の毛が逆立っている。  直後、地面が微かに揺れた。


 ズン……ズン……ズン……。


 地響きだ。それも、巨大な何かが近づいてくるリズム。


「なんだ? 地震か?」 「違う。この匂い……土と硫黄、そして血の臭いだ。『岩喰い(ロック・イーター)』の親玉だ!」


 ヴォルグが叫ぶと同時に、キャンプサイトを照らす投光器(ワークライト)の光の先に、巨大な影が浮かび上がった。


 体高五メートルはあろうかという、巨大な猪(イノシシ)。  だが、その皮膚は通常の毛皮ではない。ごつごつとした岩石のような甲殻に覆われ、口からはダンプカーのバンパーすら貫きそうな二本の牙が突き出ている。


 【名称:グランド・アダマント・ボア(大剛猪)】  【危険度:Aランク。鋼鉄よりも硬い皮膚を持ち、城壁をも突き崩す突進を行う。肉質は極上】


 【鑑定眼】の情報に、俺は思わず「肉質は極上」の文字を二度見した。


「グオオオオオオオオッ!!」


 巨猪が咆哮し、地面を蹴った。  戦車のような突進。獣人たちが武器を構えるが、あの巨体と硬度相手では、剣や槍など爪楊枝にもならないだろう。


「全員、下がれ! ヴォルグ、エリスを連れて退避だ!」 「だが、社長! あんなバケモノ、人間一人じゃ……!」 「人間(ナマミ)で戦うとは言ってない!」


 俺はテントの脇に停めてあった「相棒」へと走った。  キーを回し、エンジン始動。    ドゥルルルルンッ!


 六トンの鉄塊、油圧ショベルが咆哮を上げる。  俺はレバーを握りしめた。  相手は重戦車級の魔物。だが、こっちは現代科学が生んだ「土木工事の王様」だ。  パワー勝負なら負けはしない。


「来いよ、デカブツ! 整地の邪魔だ!」


 俺はアームを振り上げ、正面から猪に向き合った。  猪が俺――ユンボを敵と認識し、真っ直ぐに突っ込んでくる。  凄まじい速度。だが、軌道は直線的だ。


「そこッ!」


 激突の寸前、俺は旋回レバーを倒し、車体を僅かに斜めに向けた。  牙がキャタピラの側面を掠める。  すかさず、俺はブーム(腕)を振り下ろした。


 ガギィィィンッ!


 鋼鉄のバケット(ショベル部分)が、猪の脳天――岩石の装甲を直撃した。  鈍い金属音が響き、五メートルの巨体が前のめりに崩れる。


「ブギィッ!?」 「まだまだ! 油圧の力、舐めるなよ!」


 俺はさらに操作する。バケットの爪を、猪の首筋――装甲の隙間に食い込ませ、そのままアームを引き寄せた。  数千気圧の油圧パワーが、生物の筋肉の限界を凌駕する。  そのまま猪の頭を地面に押し付け、キャタピラで踏ん張って固定する。


 完璧なマウントポジション。  猪が暴れるが、数トンの自重と油圧で押さえ込まれては身動きが取れない。


「終わりだ!」


 俺はバケットの先端に全出力を集中させ、急所である首の動脈を圧し潰した。


 ドサリ。


 地響きと共に、巨獣が動かなくなった。  静寂が戻る。聞こえるのは、ディーゼルエンジンのアイドリング音だけ。


「……す、すげえ」


 物陰から見ていたヴォルグたちが、呆然と立ち尽くしていた。


「剣も魔法も使わずに……鉄の腕一本でAランク魔獣をねじ伏せやがった……」 「鉄の親分……いや、社長……アンタ、神か?」


 獣人たちの目が、畏敬の念を超えて、もはや信仰に近いものになっている。  俺は操縦席から降り、猪の死体を見下ろした。


「神じゃない。ただの現場監督だ。……それよりヴォルグ、ナイフを持ってるか?」 「あ、ああ。あるが……」 「解体だ。こいつの皮と牙は高く売れる。……そして、中身は今夜の晩飯だ」


 ***


 一時間後。  荒野には、食欲をそそる香ばしい匂いが充満していた。


 俺が持ち込んだ『キャンプ用バーベキューコンロ』の上で、分厚く切った猪肉がジュウジュウと音を立てて焼けている。  Aランク魔獣の肉は、鮮やかな霜降りピンク色。脂が炭火に落ちるたび、炎が上がり、甘い香りが広がる。


「……ごくり」


 獣人たちが生唾を飲む音が聞こえる。  俺は日本から持参した秘密兵器――『黄金のタレ(甘口)』のボトルを開けた。


「さあ、焼けましたよ! ジャンジャン食ってくれ!」 「い、いただきますッ!」


 ヴォルグが最初の一切れにタレを絡め、口に放り込む。


「んぐッ……!? なんだこりゃあッ!」


 彼は天を仰いで吠えた。


「柔らかい! 岩みてえな見た目なのに、口の中で脂が溶ける! それにこの黒いソース……果物の甘味とスパイスの香りが肉汁と混ざり合って……たまんねえ!」


 他の獣人たちも次々と肉に食らいつく。  そして、俺が炊き出し用に用意した『レトルトご飯(大盛り)』の上に肉を乗せ、即席の焼肉丼を作ってかきこむ。


「うめえ! 米ってのがこんなに美味いなんて!」 「社長、一生ついていきます!」


 エリスも、最初は魔物の肉に抵抗があったようだが、一口食べて目が輝いた。


「美味しい……! 臭みが全然ないわ。これが『血抜き』の効果なのね?」 「ああ。仕留めてすぐに血を抜いたからな。新鮮そのものだ」


 俺も肉を頬張り、缶ビール(発泡酒だが)を開けた。  労働の後の肉と酒。これに勝るものはない。


 宴の盛り上がりを眺めながら、ヴォルグが俺の隣に来て、しみじみと言った。


「……ここはずっと『死の土地』だと思ってた。だが、社長が来て、岩がなくなり、魔物が食い物に変わった。……ここはもう、俺たちの『楽園』だ」 「ああ。これからもっと良くするぞ。家を建て、畑を作り、街にする」


 俺は星空を見上げた。  日本の空より星が多い気がする。   「(結衣にも、この肉食わせてやりたいな……)」


 荒野の真ん中で、俺たちの結束は、鋼鉄よりも硬く結ばれた。  腹も満たされた。拠点も守られた。  明日からは、いよいよ本格的な「工場建設」が始まる。


 だが、俺は忘れていなかった。  この土地をタダ同然で譲ってくれたシャルロット王女への報告義務を。  彼女に「不毛の地が宝の山に変わった」と報告した時、どんな顔をするか楽しみだ。


 そして、この急速な発展は、必ず新たな火種を呼ぶ。  次は「国境」を越えた貿易。  エルフの里や、隣国との交渉も視野に入れなければならないだろう。

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