第21話 不毛の荒野と、鉄の巨獣

獣人部隊の活躍と、化粧品の大ヒットにより、ローゼンバーグ商会の資金力は爆発的に増大した。  だが、金が増えれば悩みも変わる。


「……狭い。限界だ」


 俺は店舗の裏庭、商品と資材が山積みになった倉庫(という名の物置)を見上げて溜息をついた。  獣人たち二十名の宿舎も手狭だし、これ以上の在庫を抱えるスペースがない。  何より、これだけの利益を上げれば、妬みを買う。都市内の小さな店舗に押し込めておくには、俺たちのビジネスは大きくなりすぎた。


「エリス。王城へ行くぞ。シャルロット殿下に『お願い』をしにな」 「えっ? また? 今度は何をねだるつもり?」 「土地だ。誰にも文句を言われない、俺たちだけの『王国(ベース)』を作る」


 ***


 王城の庭園。優雅にティータイムを楽しんでいたシャルロット王女は、俺の申し出を聞いて、カップを置いた。


「領地が欲しい、と?」 「はい。商会の規模拡大に伴い、都市内の店舗では手狭になりました。つきましては、王都近郊にまとまった土地を拝借したく」


 俺は恭しく頭を下げた。  王女は少し考え込み、やがて悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「いいわ。そなたには借りがあるもの。……ただし、王都近郊の肥沃な土地は、すでに有力貴族たちが領有している。空いているのは『あそこ』くらいね」


 王女が指差したのは、王都の北西に広がる荒れ地だった。


「『嘆きの荒野』と呼ばれる場所よ。広さは十分だけど、地面は岩だらけで固く、作物は育たない。それに、夜には魔物も出るわ。……ここ十年、誰も手を付けようとしなかった不毛の地。それでもよくて?」 「……条件は?」 「タダ同然で構わないわ。その代わり、開拓費用は一切出さない。それでもし、そこを『宝の山』に変えられたなら……その時は正式にそなたの領地として認めましょう」


 試されている。  だが、俺にとっては願ってもない話だ。  既得権益のしがらみがない土地。岩盤が固い? そんなものは、人力でやるから問題になるだけだ。


「謹んでお受けいたします。……後悔なさいませんよう」


 ***


 翌日。俺はエリスとヴォルグたちを引き連れ、『嘆きの荒野』を視察に訪れた。


「……酷いな、こりゃ」


 ヴォルグが呆れたように呟く。  見渡す限りの荒れ地。巨大な岩がゴロゴロと転がり、地面は凸凹。雑草すらまばらだ。  これでは馬車を入れることすらできない。


「ケンイチ、本当にここを拠点にするの? 整地するだけで何十年かかるか……」 「数十年? いいや、数日で終わらせる」


 俺はニヤリと笑い、全員を少し下がらせた。


「ヴォルグ、お前たちは力自慢だが……これから出す『相棒』の前では、赤子のようなものだぞ」 「ああん? 俺より強いやつがいるってのか?」


 俺は『次元倉庫』のゲートを全開にした。  日本で、中古建機販売店から現金一括で購入しておいた「とっておき」を召喚する。


 ズズズ……ッ!


 空間が歪み、巨大な鉄の塊が姿を現した。  鮮やかなオレンジ色のボディ。  無限軌道(キャタピラ)。  そして、長く伸びたアームの先には、鋭い爪を持つバケット。


 六トンクラスの油圧ショベル(ユンボ)。  建設機械の王様だ。


「な、なんだコリャ!? 鉄の……竜か!?」 「魔導兵器!? 動くの、これ!?」


 獣人たちが腰を抜かし、エリスが俺にしがみつく。  俺は運転席に飛び乗った。  学生時代、土木関係のアルバイトで免許を取っておいたのが、まさか異世界で役立つとはな。


 キーを回す。    ドゥルルルルンッ!


 ディーゼルエンジンの重低音が荒野に轟く。  黒煙を吹き上げ、鉄の巨獣が目を覚ます。


「うわあああ! 吠えたぞ!」 「落ち着け! これは俺が操る『重機』だ!」


 俺はレバーを操作し、旋回させた。  アームを伸ばし、目の前にあった巨岩――大人三人でも動かせないような岩――にバケットを突き立てる。


 ガガガガッ! メキメキッ!


 油圧の圧倒的なパワーが、岩を地面から引き剥がす。  俺はそれを軽々と持ち上げ、遠くへ放り投げた。


 ズドォォォン!!


 地響きと共に、岩が転がる。  ものの十秒の出来事だ。


「…………」


 全員、口を開けたまま硬直していた。  ヴォルグが震える指でユンボを指差す。


「お、俺たちが半日かけて動かす岩を……片手で……」 「これが『科学の力』だ。さあ、仕事にかかるぞ!」


 そこからは、独壇場だった。  俺がユンボで岩を撤去し、地面を掘り返して平らに均(なら)す。  獣人たちは、俺が砕いた岩を運んだり、細かい石を拾ったりするサポートに回った。


 日が暮れる頃には、荒野の一角に、サッカーコート一面分ほどの真っ平らな更地が出現していた。


「信じられない……。魔法使いが百人いても、こうはいかないわ」


 エリスが整地された地面を踏みしめ、感嘆の声を漏らす。  ヴォルグに至っては、ユンボのキャタピラを愛おしそうに撫でていた。


「すげえ……鉄の親分……俺、コイツの弟分になりてえ……」 「(変な信仰が生まれてるな……)」


 俺はエンジンを切り、運転席から降りた。


「ここを『第一工場』予定地とする。明日からは、日本から持ち込んだ『プレハブ建材』を組み立てて、拠点を建設するぞ」 「プレハブ?」 「ああ。一日で建つ魔法の家だ」


 この荒野は、俺たちの手によって、異世界最強の産業都市へと生まれ変わる。  水がないならポンプで汲み上げればいい。  魔物が出るなら、電気柵とセンサーライトで要塞化すればいい。


 俺は夕日に染まる荒野を見渡し、確信した。  ここが、俺と結衣が暮らすための、新しい「家」になるのだと。


 だが、その夜。  俺たちの急速な拡大を恐れた『ある勢力』が、闇の中で動き出していた。  それはギルドや教会といった人間の組織ではない。  この荒野を縄張りとする、先住の「魔物の王」だった。

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