境界の行商人 ~リストラされた42歳元商社マン、実家の蔵から異世界と日本を往復貿易。100均グッズを売って金貨を稼ぎ、奪われた愛娘と人生を取り戻す~
第17話 摩天楼の復讐者と、破滅のプレゼンテーション
第17話 摩天楼の復讐者と、破滅のプレゼンテーション
東京、大手町。 日本経済の中枢にそびえ立つ、東都商事本社ビル。 そのガラス張りの摩天楼を見上げ、俺はネクタイの結び目を直した。
「……悪くない着心地だ」
身に纏っているのは、紗彩が懇意にしている銀座の老舗テーラーで仕立てた、一着五十万円のオーダースーツだ。 生地は深みのあるミッドナイトブルー。腕にはアークレイア王家から下賜された宝石を加工したカフスボタンが輝く。 今の俺は、薄汚れた無職の中年ではない。新進気鋭の貿易会社『株式会社・境界貿易(ボーダー・トレード)』の役員だ。
「行くわよ、須藤さん。……いいえ、専務」
隣に立つ紗彩もまた、隙のないパンツスーツ姿で、敏腕秘書のように(あるいは女豹のように)微笑んでいる。 そして後ろには、都内屈指の法律事務所から雇った顧問弁護士と、調査会社のスタッフが控えていた。
「ああ。……不燃ごみ(黒川)の回収日だ」
俺たちは正面玄関を堂々と通り抜け、エレベーターホールへと向かった。
***
その頃、二十五階の大会議室では、資源開発部の定例役員会議が行われていた。 上座には担当常務。そしてプロジェクターの前には、得意げな顔をした黒川剛が立っていた。
「――以上の通り、今期のレアメタル調達コストは大幅に削減可能です。これも、前任者(須藤)の放漫な管理体制を一掃した成果であり……」
黒川は流暢に嘘を並べ立てていた。 俺が築いたコネクションを自分の手柄にし、俺のミスをでっち上げて数字を操作する。 役員たちが満足げに頷くのを見て、黒川は笑みを深めた。 これで次の昇進は確実だ、と確信した瞬間――。
バンッ!
会議室の重厚な扉が、ノックもなく押し開かれた。
「な、なんだ君たちは! 会議中だぞ!」
総務の社員が叫ぶが、俺たちはそれを無視して部屋の中央へと進み出た。 黒川が驚愕に目を見開く。
「す、須藤……!? 貴様、どうやって入った!?」 「久しぶりだな、黒川。相変わらず、人のふんどしで相撲を取るのが上手い」
俺は静かに、しかしよく通る声で言った。 会議室がざわめく。 「あれは懲戒解雇された須藤か?」「随分と雰囲気が違うぞ」「あの高いスーツはどうした」
「警備員を呼べ! 不法侵入だ!」
黒川が裏返った声で叫ぶ。 だが、俺の隣にいた弁護士が、一枚の書類を常務に提示した。
「失礼。我々は株式会社・境界貿易の代理人として参りました。御社の株主として、また『不正会計に関する内部告発者』として、緊急動議を提案します」 「な、なに……?」
常務が眉をひそめ、書類を受け取る。 俺はすかさず、黒川が使っていたPCの接続ケーブルを抜き、持参した自分のタブレットを繋いだ。
「黒川課長。あなたのプレゼンの続きを、私が代行しましょう」 「や、やめろ!」
黒川が止めようとするが、調査スタッフの屈強な男たちに阻まれる。 スクリーンに映し出されたのは、無機質な数字の羅列――裏帳簿のデータだった。
「これは興信所と公認会計士が作成した、過去三年分の資源開発部の資金フローです。黒川課長、あなたが架空の取引先を使ってプールしていた『裏金』、総額一億五千万円。……随分と貯め込みましたね」
会場が凍りついた。 黒川の顔から、急速に血の気が引いていく。
「で、デタラメだ! それは須藤がやったことだ! 俺はそれを正そうとして……」 「そう言うと思いましたよ」
俺はスライドを切り替えた。 次に映ったのは、つい先日、俺の実家の蔵で撮影されたナイトビジョン映像だ。 赤と黒の明滅の中、のたうち回る男たち。 そして響き渡る叫び声。
『――黒川さん、話が違うぞ!』
クリアな音声が、会議室に反響する。
「これは私の自宅への不法侵入犯の映像です。彼らは警察の取り調べに対し、『黒川剛の依頼で、須藤が隠し持っている証拠データを盗みに入った』と自供しています」
俺は黒川を指差した。
「あなたは怖かったんでしょう? 私が横領の真実を知っていることを。だから私を解雇に追い込み、それでも飽き足らず、泥棒まで雇って口封じをしようとした」
俺は一歩、また一歩と黒川に近づいた。 黒川は後ずさり、ホワイトボードに背中をぶつけた。
「そ、そんな……嘘だ……俺は……」 「さらに、あなたは私の娘が通う小学校にまで手を回し、虚偽のビラを撒いて精神的に追い詰めようとした。……それが、一企業の管理職がやることかッ!」
最後の一喝。 それは会社員としての告発ではない。一人の父親としての、魂の叫びだった。
黒川はその場に崩れ落ちた。 役員たちの冷ややかな視線が、彼に突き刺さる。常務が静かに立ち上がり、携帯電話を取り出した。
「……警察だ。横領と、住居侵入教唆の容疑者がここにいる」
***
数十分後。 警察車両に乗せられていく黒川の姿を、俺たちはロビーから見送っていた。 彼は最後まで「俺じゃない、罠だ」と喚いていたが、手錠の冷たさが現実を教えてくれるだろう。 東都商事も、監督責任を問われる大スキャンダルになる。株価は下がるだろうが、膿を出したと思えば安いものだ。
「……終わったな」
俺は大きく息を吐き出した。 肩の荷が下りた気がした。 これで、結衣への嫌がらせも止まる。俺への疑いも晴れ、堂々と街を歩ける。
「お見事でした、専務」
紗彩がハンカチを差し出してくれた。
「最高のプレゼンだったわ。これであなたの過去(汚名)は清算された。……さあ、これからは未来の話をしましょう」 「ああ。そうだな」
俺はスマホを取り出し、結衣に短いメッセージを送った。 『終わったよ。もう誰もパパたちのことを悪く言わない』
すぐに既読がつき、泣き顔のスタンプが送られてきた。 今度会うときは、胸を張って抱きしめてやれる。
俺はビルの外へ出た。 秋の空が高く、澄み渡っている。 日本での憂いは消えた。 だが、俺の物語はここで終わりではない。むしろ、ここからが本当のスタートだ。
株式会社・境界貿易。 日本と異世界を股にかける、前代未聞の商社。 アークレイアでは王女殿下が、そして偏屈なドワーフたちが、俺の帰りを待っている。
「帰ろうか、紗彩さん。……いや、社長」 「ええ。次の商材は何にする? 王都で化粧品が売れそうって話だったけど」 「それなら、ドラッグストアを買い占めていくか」
俺たちは談笑しながら、雑踏の中へと歩き出した。 二つの世界を行き来する「境界の行商人」。 その伝説は、まだ始まったばかりだ。
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