第14話 雷神の吐息と、噛み合う牙

「……無理ね。このデザイン、今の縫製技術じゃ再現できないわ」


 ローゼンバーグ商会に戻り、王女が選んだドレスのデザイン画を前に、エリスが頭を抱えていた。  選ばれたのは、身体のラインにぴったりと吸い付くようなマーメイドラインのドレス。  背中のカッティングが大胆で、腰のくびれを強調するデザインだ。


「何が問題なんだ?」 「『あき』よ。着脱するための開口部がないの。紐(レースアップ)で締め上げるには背中の布面積が足りないし、ボタンを並べたらシルエットが崩れちゃう。魔法で布を癒着させるわけにもいかないし……」


 エリスの言う通りだ。  この世界の衣服は、基本的にゆったりとしたローブか、紐で縛るコルセットスタイルが主流。  現代の体にフィットする服は、「伸縮素材」か「便利な留め具」があって初めて成立する。


「なら、文明の利器を導入しよう」


 俺は『次元倉庫』から、手芸用品のケースを取り出した。  中から取り出したのは、一本の細長いテープ状の部品。  日本が世界に誇るYKK製の『コンシールファスナー(隠しファスナー)』だ。


「これを使う」 「何これ? ギザギザした……虫の足?」 「『ファスナー』、またの名をチャックだ。こうやって使う」


 俺はスライダーをつまみ、シャーッ、と小気味よい音を立てて開閉してみせた。  分離していた二枚の布が、一瞬にして一枚に結合し、また離れる。


「えっ!? な、なに今の!? 魔法!? 詠唱もなしに布がくっついたわよ!?」 「ただの機械仕掛けだよ。この無数の『務歯(ムシ)』と呼ばれる金属の歯が、スライダーの中で噛み合っているだけだ」


 エリスはファスナーをひったくり、何度も上げ下げした。  子供のようなはしゃぎぶりだが、すぐに彼女の表情が商人のものに戻った。


「……凄い。これならドレスのラインを崩さずに着脱できる。でもケンイチ、これ、誰が縫い付けるの? 普通の針子じゃ、こんな精密な金属部品、怖がって扱えないわよ。それに、持ち手の部分が安っぽくて、王女様のドレスには似合わないわ」


 鋭い。  機能は完璧だが、デザインが工業製品すぎる。  スライダーの引き手を宝石で飾ったり、ドレスの生地に合わせて金具を調整したりする「職人」が必要だ。


「心当たりはあるか? 金属と布、両方を扱えるような器用な職人は」 「……一人だけ、いるわ。でも、すっごく偏屈よ。人間嫌いのドワーフだもの」


 ***


 アークレイアの下町。鍛冶場が立ち並ぶ「鉄槌地区」。  煤煙と火花が舞うその一角に、看板もないボロ小屋があった。  中から、カーン、カーンと、リズムの悪い槌音が響いている。


「ドーガン! いるんでしょ!」


 エリスが扉を蹴り開けた。  中にいたのは、身の丈ほどの巨大な金槌を振るう、髭もじゃの小男――ドワーフのドーガンだった。  酒臭い。昼間から飲んでいるな。


「ああん? なんだ、ローゼンバーグの小娘か。帰れ。貴族の仕事はしねえ」 「仕事じゃないわ。喧嘩を売りに来たのよ」 「喧嘩だァ?」


 ドーガンが充血した目で俺たちを睨む。  俺は前に進み出ると、無言でファスナーを放り投げた。  それは空中で放物線を描き、ドーガンの手元へ。


「なんだ、このヒョロ長いゴミは……ん?」


 ドーガンは太い指でそれを摘み上げ、鼻で笑った。


「布切れに、ちっこいクズ鉄が並んでやがる。こんなもんで俺をバカにして……」


 彼が適当にスライダーを動かした。    ――チリチリチリッ。


 微かな金属音と共に、ファスナーが閉じた。  ドーガンの動きが止まった。  彼はもう一度、スライダーを下ろした。開く。  上げた。閉じる。  上げた。下げた。上げた。


「……おい」


 ドーガンの顔つきが変わった。酔いが一瞬で覚めたようだ。  彼は作業台のルーペ(拡大鏡)を引き寄せ、ファスナーの構造を凝視した。


「なんだ、これ……? 魔法じゃねえ。純粋な物理機構だ。この米粒より小さい金属の粒、一つ一つの形状が計算され尽くしてやがる……!」 「驚くのはそこじゃないですよ、親方」


 俺は横から口を挟んだ。


「その金属の粒、何個あると思います? その全てが、ミクロン単位の誤差もなく、均一に作られている。もし一つでも歪んでいれば、その『牙』は噛み合わない」


 ドーガンが息を呑んだ。  職人だからこそ分かるのだ。  「一つ凄いものを作る」ことと、「数千個の同じものを完璧な精度で作る」ことの難易度の差が。  前者は芸術だが、後者は工業という名の狂気だ。


「……どこのドワーフが作った? いや、ドワーフの指じゃ無理だ。ノームか? それとも古代文明の遺物(アーティファクト)か?」 「俺の故郷の職人たちですよ」 「ふざけるな! 人間ごときに、こんな神業ができるかッ!」


 ドーガンは激昂し、金槌を振り上げた。  だが、その目はファスナーから離れない。嫉妬と、畏敬と、好奇心が入り混じった複雑な目だ。


「親方。あんたに頼みたいのは、これの模倣じゃない。この『牙』を、王女殿下のドレスにふさわしい形に『調律』することだ」


 俺は懐から、最高級の金貨袋を取り出した。


「引き手(プルタブ)を、王家の紋章が入った純金の細工に変えてくれ。そして、このファスナーを、最高の強度でドレスに縫い付けてほしい」 「……俺に、この未知の機構をいじらせてくれるのか?」 「あんた以外に、この精度を理解できる職人がいますか?」


 殺し文句だ。  職人のプライドをくすぐり、かつ「唯一無二」だと認める。


 ドーガンはしばらく沈黙し、やがてニヤリと笑った。  その笑顔は、新しい玩具を与えられた子供のようだった。


「……面白え。人間の作った『噛み合う牙』、俺様が完璧に手懐けてやらあ」


 彼は酒瓶を放り投げ、作業台に向かった。


「おい小娘! ドレスの生地を持ってこい! あと、そこの兄ちゃん! お前の故郷の道具、他にもなんか隠してんだろ!? 全部見せろ!」


 交渉成立だ。  俺はエリスと顔を見合わせ、苦笑した。  頑固親父を動かすのは、金よりも「技術への好奇心」だ。


 こうして、アークレイア最高(にして最悪に偏屈)の職人がチームに加わった。  ドーガンの手によって、YKKのファスナーは、単なる工業製品から、王女の背中を飾る「黄金の鍵」へと進化を遂げようとしていた。


 だが、俺たちがドレス作りに没頭している間に、王都の闇では別の動きがあった。  ベルンハルトが、最後のあがきを見せようとしていたのだ。  彼が手を組んだ相手は、あろうことか『教会』の異端審問官。


「未知の技術」=「悪魔の業」。  中世世界において、科学と魔法の境界線は、断頭台への階段と紙一重だった。

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